遠くの親戚より近くの・・

 

 

意味:

 

遠くの親戚より近くの他人とは、

 

いざというときに頼りになるのは、

 

遠く離れて暮らす親類ではなくて、

 

近所に住んでいる他人の方だということ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ど~も  

趣味はダイエット 

特技はリバウンド 

ダイエットに

希望を詰め込んだつもりでいたら 

間違えて脂肪が詰まった

 神奈川は相模原市は緑区って言う    

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3・11を越えて生きていく者たちへ

 

 

きっと

 

忘れたいだろうけど

 

でも

 

覚えて行こう

 

 

復興って何だろうね?

 

今 考え話し合う時が来たと思う。

 

 

 

これは「人間賛歌」です。

 

 

(映像の中に震災や津波の映像があります

 ご視聴には十分お気を付けください)

 

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向日葵の願い

絶対的な悲しみと絶望の中

 

それでも人は再生していく

 

それは湧き上がる自分の力以上の

 

何かそれを越えた見えない 

 

でもきっとある大いなる意思

 

物理学や何かの法則では測れない

 

見えないチカラ。。

 

必ずあるそのチカラを

 

奇跡と呼ぶんだと思う。

 

 

そんな震災の中に咲いたお話を。。

 

 

 

石巻市立

 

大川小学校

 

東日本大震災の大津波で

 

全校児童108人のうち

 

74人が死亡・行方不明になった

 

学校管理下での

 

最大の被害を出した。

 

 

大川小のこの事故に関して

 

自分なりに関心をもって

 

関わらせていただいて

 

現地に行ったり

 

ご遺族の方にお話を聞いたりした中で

 

自分なりにまとめた記事。

 

 

↓ クリック

 

大川小の悲劇

 

 

 

ご遺族会の

 

小さな命の意味を考える会」の

 

ホームページにも

 

リンクしていただいています。

 

 

全12の記事。

長いけど・・・・

読んでいただけると

 

何があって

 

どうなって

 

どこに問題や

 

疑念の本質があるか

 

少しはご理解いただけるかと・・・

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

2015年

 

小さな命の意味を考える会の代表の佐藤さんのお宅に

お邪魔させていただいた時、

おばあちゃんから 漬物いただいたり

お茶いただいたりしている時に

 

6人のひまわりの奇跡 

お話を聞きました。



佐藤さんのお住いの地区は

大川小に通う

佐藤さんのお嬢さんはじめ地区の子供

確か8人中 6人の子供が犠牲になりました。

お住いの地区は

大きな津波の被害はなかったものの

佐藤さん宅の裏手にある小さな川

その土手にも海水は侵入し

潮水につかり 何も育たない場所に

しばらくはなると思っていました。

その場所に春の過ぎたある日

芽が吹きました。

 



それは「ひまわり」でした。

 

 


すくすく育ち

夏に太陽を浴び

胸を張り

歌うように

初盆の前に

真っ黄色な花を咲かせました。

 

 

 

 


見れば 形や大きさが

それぞれに違う。

そう・・・6人の子どもが犠牲になった地区で

 

 


6種類のひまわりが

咲いたのです。


 


「この花は丸っこくて〇〇君に似ている」

「花びらが細くて 可愛いのがうちの孫」

お子さんを失ったご家族は

その6種類のひまわりを

誰 重なることt無くそれぞれに

自然に「自分の子供・孫」と選び合いました。


佐藤さんのお子さんは6人の中での最年長。

卒業式ではピアノを弾く予定でした。

その佐藤さんのお子さんが 

佐藤さんの裏手の土手に

みんなを連れて帰ってきてくれたんだと

感じたそうです。

不思議なことに

ひまわりは 同じ場所に種が落ちても

自然には咲きません。

咲いたひまわりから それぞれの方々が

種を持ち帰り 植えなければ

芽は吹かないそうです。



人は悲しみから

いろいろな力で再生していくんだと思う

そばにいてくれる人

厳しくも美しい自然

流れる時間

そして 目には見えなくても

そばにいなくなっても

でも、感じる「想い」「魂」「存在」・・

それが紡ぐ祈りと再生への奇跡・・

 

 

大川小学校は

 

 

震災遺構としての保存のあり方

 

また最高裁まで

 

行ってしまった裁判などが続く

 

今までの経緯、

 

必ずしもご遺族のに行政が向き合って

 

対応してきたとは言えない。

 

 

不思議と 行政は

 

大川小を震災関連の冊子や

 

様々な物から除外してる・・

 

不思議なくらい あからさまに・・

 

 

 

 

僕は思う・・

 

子供たちが願うのは

 

大川小が

怒りや

悲しみの

証拠の場所に

なることじゃないと思う。

 

楽しかった思い出

嬉しかった出来事

それがたくさん詰まった

大切な場所

 

 

 

そこを

 

そこに

 

どう向き合うべきか・・

 

 「ひまわり」のように 丸く


いつか みんなが 


直線の対立でなく 


丸く円卓を囲むように 


大川小学校の子供たちに 


向き合う日が来るといいな。



それを多分 子供たちが

一番望んでいると思う。

 

 


別日に このひまわりを観に行かせていただいた時

 

佐藤さんのおばぁちゃんが

 

「不思議とね 全部花は 

 大川小の方を向いて咲くんだよ」

 

 

そう言いました。

 

見ると確かに。。。

 

 

 

 

 

 

 

そんな奇跡って信じますか?

 

 

僕は信じてます。

 

 

 

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2011年3月11日からの 終わりなきメッセージ

 

 

 

 

今年もこの日が近づきましたきました。

 

 

 

俺は床屋です。

 

ただの床屋です。

 

正直言えば 東北に向けての活動

 

それに費やす 時間 お金 体力

 

その多くを 仕事に回すべきだろう?

 

内なる自分は そう自分に問いかけます。

 

 

でも・・・

 

あの日の衝撃

 

あの日からの目にして来た光景

 

そして何より

 

愛すべき 石巻の人たち

 

誇りに思う仲間

 

応援してくれる皆さん・・・

 

 

それを想う時

 

俺は 俺ではなくなります。

 

 

じゃぁ何なんだ?

 

それはわかんねぇっす

 

 

なんなのか

 

なんでこんなに熱くなるのか

 

わかんない。

 

 

でも・・・

 

これに目を伏せて やり過ごして生きる事は

 

少なくとも俺は俺で無くなる

 

そう思ってます。

 

 

 

 

今年も

 

この言葉たちを再アップします。

 

 

魂の言葉たちを

 

どうか お読みいただければ幸いです。

 

 

以下 僕が初めて石巻を訪れた時に

 

お聞きした 2011年4月の言葉たちです。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

先日も取材で

 

「なんで石巻に行こうと思ったんですか?」との質問を受けました。


当然な疑問で 結構この質問は受けてますが明確な説明は出来ません。


勢い・・衝動・・日本人として・・

 

いくつか理由はあるけどそれ一言で言い表すことは出来ません。

でも「行き続ける理由」は言えます。


それは 石巻の人たちが素敵だから 

 

そして初めて行った日の人々の言葉 涙 思い 

 

それを受け取ったからには応えなくてはいけない気がして。

以下はその4月18日に受け取った

 

震災から1ヶ月後の人々の言葉です。


ミクシーにのせていたものの転記ですので 

 

文面おかしいとこあってもご容赦を・・



お会いした 50人くらいの被災者の方 

 

全てが 本当に全ての方が言っていた言葉が 

「伝えてくれ!本当の被災地をみんなに伝えて欲しい。

その目で見て 焼き付けて伝えて欲しい」そういわれて帰ってきました。 

僕の感想は後にして その思いを先ずは伝えます。 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 



「俺は働くよ!こうしていろんな人が俺たちの町のために来てくれる恩返しに 

俺は働いて税金納めて それが復興だし 恩返しだよ」 
                      
                          
「俺たちは1000年に1度の災害を経験した 

ってことは俺たちは教科書に載るんだ 

俺たちがどうして被災して 何が問題で 

どう復活したかそれが教科書に載るんだから 

1000年に一度の検証が俺たちの役目だよ」 

                         
「今日 俺のおかあちゃん焼いてきたんだ 今日が通夜なのかな」                  

「食ってくれよ 遠慮すんなよ それしか今恩返しできねぇんだ」 
            
「生きているだけで良い・・そう言えないんだよね」 

「石原軍団なんてあんなの支援でもなんでもない 

整理券なくちゃ入れないなんて 本当に必要な人に何にもしてないのに」 

「ホームセンターで被災してね 屋上の駐車場に逃げて 

もう駄目だって思ったけど 家族が一緒だからもういいかって 思った」 

「食料も何もなくて 流れてきた魚を食べてた 

イカがたくさん流れてきて でも重油や何かでベトベトで 

水もなくて 流れてきたお酒で洗ってそれを食べたの。

臭くてね。でもそれしかなかったの 

子供は食べるんだけど吐いちゃって・・

あっでもアナゴは美味しかった(笑)」 

「ヘリコプターが飛んできた時は あぁ助かったと思っても 

何もしてくれなくて 救援も来ない。

何度も何度もヘリは来るんだけど 何もしない。 
そのうちヘリコプター見ると腹が立った。

やっと物資を投下したのは6日後だった・・」 

「避難所に何とか辿り着いたら 定員だからもう駄目って。

せめて赤ん坊だけで言っても駄目だった ミルクさえくれなかった」 

「今は知り合いのところに世話になってるの 

だってね孫が「普通のおうちに行きたい」って言うの・・

ずっと家族みんなで車の中で暮らしていたから」 

「助けられて 最初に孫がジュースをコップ一杯注がれてね 

「ねぇ全部飲んで良いの?」って。 

屋根の上で救助を待っていた何日かは 

流れてきたものを一口ずつ分け合ってみんなで飲んでたから」 

「行政は何もしない!」 

「避難所に援助すれば大丈夫って思ってる人が多い。

テレビとかが本当のことを伝えていないから仕方がない。

こうなって初めて知ったの 

テレビや行政は簡単でわかりやすいことしか やらないし伝えない」 

 

「地獄でした  本当に地獄でした」 



「幼稚園バスがね 横倒しになって そこに火災が来て みんな死んじゃった」 

 


「今したいのは 外食したいかな(笑)焼き肉食べたい びっくりドンキーでもいい」 


「不思議なの 食糧がないときね お腹空かないの

寒くもないの ただ子供たちにって

でね 救助されても 満腹感がないの やっと最近普通になれたかな」 

「頑張ってって言われて やっと頑張ろうって受け入れられてきた」 

「やるしかないよ」 

「一日ご飯は おにぎり1つとゆで卵1つだけ それで一日10時間 看護師も先生も働いてた」 

「チリ地震の津波は 大騒ぎしたのに50センチだったから 今回も甘く見てたんだよね」 

「車にこだわって逃げた人は みんな死んじゃった」 

「連絡がとれなくて だんだん死者の数が増えて

一日たち二日たち あぁ駄目だったんだって思ってたら

泥だらけになって帰ってきたの」 


「はぁ髪を切ったらスッキリした」 

「今日から再スタートなの だから髪をきるの」 

 

 

「電線にですね たくさん本当にたくさん 遺体が引っかかってるんですよ。 
でも勝手にそれを下ろしてあげることが出来ない。

警察がやらないといけないんです。

だから 避難所や給水所に行き時に必ず見るんです。

みんな言うんです 今日は何人みたって」 

 


「ゴメン・・けんさん・・戻って良いですか?

これ以上いけない・・違うんです・・こんなんじゃないんです・・

この街は・・違うんです・・ネオンがあってね・・こんな暗くないんです・・

昼間は平気なのに・・夜は・・・進めないです・・

見て欲しいって誘っといてごめんなさい・・戻らせてください・・・ 
・・・・馬鹿な話してて良いですか?

・・・ここにラーメン屋あったんですけど 

味の素の味がメチャクチャすんすけど なんか美味いんですよ・・

ここの二階に貸しスタジオがあって 

ここど練習してたんですよ・・僕はベンチャーズがきっかけでドラム始めて 

本来はロックなんス 

東京さ行ってJAZZにかぶれてみようかって(笑)でもロックっす」 

 


「本当は 添加物とかレトルトとか与えないで

子育てしたいって思ってたけど 打ち砕かれました 

そんな事いってられないから」 

 


「本当に自衛隊員には感謝してます 本当に頑張ってくれてる」 

 


「見つかった遺体は下半身だけ。ポケットに免許証が入っててね。 
下半身だけ?そりゃそうよ ビルだって壊す津波よ 人間なんて」 

 


「石原軍団にはなんも思わないけど 長渕が基地で歌ってくれたのには感動した」 

 


「お医者さんは医学的に 助けられる 助けられないって線引きできるけど 

看護士はそれがないから 

助けられないけど何か出来たんじゃないかって・・思っちゃいます」 

 


「私 震災のホンノちょっと前に救急救命に配属になって いきなりですからね・・」  


「避難所で働いてくれてる中学生は 親兄弟なくした子も多いの。 
昼間は笑ってるけど 夜布団の中で声を殺して泣いてるんだって・・」 

 


「遺族に説明するのが私たち看護士なんです。

先生の説明は専門的だし 

先生様に意見できない的な空気あるじゃないですか?

だからそこで納得されたようでも遺族は私達に再度聞きに来るんです・・・」 

 


「楽しかった~被災してるの一瞬忘れちゃってた」 

 


「木を植えたら2年で枯れるあそこに仮設住宅作るんだって」 
「えぇ~でも石巻広い土地ないからね」 

 


「この地区は天国 ガスも水道も電気もある」 

 


「僕らは年寄りから チリ地震も 三陸地震も聞いて育ったけど 

いつか風化していた 僕らはこれをまた伝えていかないと 

風化させないように」 

 


「一気にたくさんの人とお別れしましたが 

こうしてまた新たな出会いがあり

生き残った事を毎日確認し感謝しています。」 

 


「これからです!!!」 

 


「来てくれるだけでいいんです。聞いてくれるだけでいいんです。

見たいだけで来ていいんです。

観光でいいんです。

見ればわかってくれると思います 伝えてくれると思います」 

 

 

 

 

 

「必ず 目に焼き付けてください 

写真も撮ってください 

 一番の被害を見て欲しい そして必ず伝えて欲しい」 


「必ず伝えて欲しい」 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最期の言葉が 出会う人すべての方が

 

僕に言った言葉です。

 

それを聞きながら 帰り道で

 

僕はどうそれを伝えようか

 

考え続けました。

 

約束したんだから ちゃんと伝えなきゃって。

 

 

でも 方法や書き方 文章なんて

 

あるはずが無い。

 

魂の言葉たちだから

 

その言葉をただただ

そのまま書きました。

 

 

あの日の「約束」 

 

 

あの日から 何も変わってない自分がいます。

 

この日の想いが 約束が

 

この8年にわたる活動の

 

原動力です。

 

伝える  目に焼き付ける
これを僕は「約束」しました。
必ず伝えます、と
 
 
 
 
それは 一過性のことではない気がしました。
 
 
刻々と変わる  被災地
 
そしてうつろい流れ 戸惑い 
 
立ちすくみ  それでももがく 人の心。
 
 
僕は それをも含めて 
 
伝えなくては あの日の 約束は
 

 

果たせないと思ってしまったのです。
だから僕は今も通い
見続け
考え続け
叫び続け
問い続けるのです
復興って何だろうね?
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1000年後への復興への提言

 

 

東日本大震災から8年が過ぎます。

 

TVやメディアでも特集番組や記事が

 

溢れてることでしょう。

 

 

きっと「あの日」何があったか?

 

生死を分けた72時間とか

 

仮設で今も暮らす方々の声や

 

原発事故のこと。。。

 

あの日を振り返り 今を伝えることでしょう。

 

 

 

一昨年かな?

 

南三陸防災庁舎跡を訪れた時

 

 

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時の雫

 

8年の時が零れ落ちて

 

今 あの街 人々 僕ら 僕は

 

「あの日」からどこにいるんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

被災地の海沿いを車で走ると

 

やけに白いコンクリートの堤防や

 

港の桟橋。。

 

その「白さ」が時の経過が

 

「まだ8年」と言ってる気がする。。。

 

 

 

まだ8年なんだよ

 

コンクリートが灰色でなく白いんだ

 

 

 

人の心の色は今、何色だろう?

 

 

「あの日」に刻みつけられた「色」

 

街や家、仕事・・・

 

形あるものが

 

戻せるものが戻れば戻るほど

 

復興というモノが進めば進むほど

 

「決して戻らない」ものの「色」は

 

濃く浮き上がってくる。

 

 

 

時の雫は

 

色を様々に変えてくけど

 

決して変えれない色がある

 

 

僕はご縁いただきこの震災に関わり

 

そこを見つめて生きていく

 

復興ってなんだろう?

 

 

その答えは被災者ではない僕には

 

どれだけの時の雫が落ちても

 

永遠にわからないだろう

 

 

 

でも問い続ける

 

復興ってなんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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遠投~西日本豪雨災害ボランティア~

プロ野球選手は思いっきりボールを投げても
 
何十メートルか
 
サッカー選手が思いっきりボールを蹴っても何十メートルか
 
室伏広治がハンマー叫んで投げても何十メートル。。。
 
遠投しても 所詮そのフィールド内でしかない
 
 
もっと遠くに届かせるにはどうしたらいいか?
 
それは投げたその先に誰かがいてくれて
 
受け止めてくれて また投げて
 
そのまた向こうで誰かがキャッチして
 
また投げて。。
自分の最初のフィールドなんて越えていける
 
 
僕は 僕らの東日本大震災のボランティア活動を
 
終わらせるためには 友達になろう!
 
被災者 ボランティアという関係性では
 
いつまでも被災者は被災者で
 
ボランティアはボランティア。。
 
その関係性をぶっ壊して
 
友達になる事で  僕はいつまでも通い続け
 
あの街を人を愛し続けられると気がついた。
 
 
そして今それは家族とも呼べる人がたくさん出来た。
 
 
もう一つ考えていた事がある
この経験やこの学び
僕が僕の人生の中「だけで」
「あぁ楽しい事したな~
 イイ事したな~(☜コレ思っちゃね~けど)」
なんて思いたくなかったし
僕にご縁くださった東北の皆さん
応援してくれた皆さんは
たかだかな俺を応援してくれたわけでなく
もっと大きな形でこれをどう活かしてくんだ?
って命題をもらった気がしてました。
だから・・
これはこう言う方凄く嫌なんだけど
どこかで災害が起きた時俺はこの体験や
経験を活かさねばって思い生きてきました。
それは・・あたかも災害を待ち望むかのようで
嫌なんだけど・・
去年7月発災した西日本豪雨災害
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微力を集めて無敵に!

いよいよ今日

 

西日本豪雨災害で被災した

 

岡山県真備町の仮設住宅にて

 

 

岡山県LUCIAのノリさんが立ちあがり

 

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西日本豪雨災害支援イベント開催へ! 絆募金御礼申し上げます。

 

 

平成は災害の時代と言われ

 

僕は平成最初の新成人だったそうで

 

僕が「大人」として生きてきた時代は

 

「悲しみ」や「苦しみ」が

 

誰かの側にある時代でした。

 

 

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震災にやられっぱなしじゃ頭に来る



石巻にまた来ています。

僕の恩人、パパ


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西日本豪雨災害の今

 

 

 

新年あけましておめでとうございます!

 

正月です!平成カウントダウン開始の日です。

 

めでたい めでたい日本人へ 

 

ブッ込みます!

 

 

 

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復興ってなんだろうね・・東日本大震災の街から

 

 

出会いは2012年5月、東日本大震災最大被災地

 

宮城県石巻市の糠塚前仮設住宅団地での支援イベント

 

彼女とはボランティアと被災者

 

その関係の中で出逢った。

 

 

 

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「小さな声」を聞け!

 

 

災害は不幸だ。

 

絶対的不幸だ。

 

でも

 

その不幸に打ちひしがれてたら

 

それは災害の不幸の上塗りだ。

 

 

声を上げよう 目を見開こう

 

どうかこの想いが広がりますように・・

 

 

 

 

復興ってなんだろう?

 

これはもう7年以上考え続けてきたこと

 

東日本大震災の「復興」をつぶさに見続けてきた

 

 

 

形あるものが戻れば戻るほど

 

どうしても戻し得ない

 

「失われた命」

 

「途切れた想い出」

 

形が一つ手に戻れば

 

失われたモノの大きさはその分大きくなる。

 

 

行政は一生懸命「戻そう」とする

 

それを見て「復興は進んだ」という

 

 

でも違うんだ

 

単に元に戻しちゃいけないんだ

 

 

だって気付かない?

 

元の形や元の街に矛盾やオカシナ点なかった?

 

またいつの誰の何を基準に作られた

 

街区や仕組み?

 

はらんでいた矛盾やもはや時代に即してない

 

「価値観」

 

それで凝り固まった

 

「動かざる山」

 

のような国のカタチ 行政のシステム

 

 

 

災害は不幸だけど

 

その動かざる山でさえ崩れ落とす。

 

それは見方を変えれば「チャンス」

 

 

その「動かざる山」のシステムで

 

「復興」が進めば 結局出来上がるのは

 

同じような矛盾だらけの「動かざる山」のカタチ

 

 

 

 

じゃぁどうしたら良い??

 

今こそ「小さな声を聞け」

 

今こそ この国のカタチを新たに作り直すんだ

 

それには「災害弱者」の細やかな声を聞け

 

 

日本の歩道一つ

 

建物の構造

 

街区

 

モノの高さ・・

 

社会の優先度どれひとつとっても

 

「健常」という大多数の人を基準に作られてる

 

働き方さえ基準はそこ。

 

 

 

 

でも

 

体の不自由な人でもお年寄りでも

 

分かりやすく使いやすい街や道具

 

ユニバーサルデザインと言われて久しいけど

 

その視点で元に戻すのではなく

 

思想からして全く違う「復興」を目指したら・・

 

 

災害はそのキッカケになる力を悔しいけど持っている。

 

 

だから産官学ではなく「民」

 

それも声なき声 ささやかな声を拾い上げ

 

掴み 増幅し 世に問いたい

 

 

そんな想いで

 

僕は岡山に通っています。

 

 

 

 

 

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被災地と言われる街に。。


心が痛むときでも、微笑んで
傷ついたときでさえも、微笑んでごらん
曇り空のときも、

君ならきっと切り抜けられるよ

悲しみや不安を感じるときでも
笑ってごらん、そうすれば明日
君の為に太陽が輝きだすよ

君の顔に喜びで笑顔にしよう
悲しみの跡を全部隠して
たとえ涙が今すぐにでもこぼれそうだとしてもね

そんなときこそ、

微笑みを絶やさないようにしよう
笑って、

泣いたってなんにもならない
もしも君がほほ笑んだなら
人生は生きる価値が

まだまだあるってことがわかるだろう

..................................

この歌の歌詞は チャップリンのスマイル

マイケルジャクソンが一番好きな歌と言ってた歌


僕も何度も救われた。


かつて東日本大震災復興祈念ライブで

僕はこのスマイルを歌って欲しいと

歌ってもらった。





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10年間~オーブに込めたもう一つの意味~

 

 

こんなメールが届きました。

 

 

 

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復興の光と影~今も津波は・・~



復興は

時に

誰かの犠牲の上に成る。


それも現実。。。



僕の大好きなこの店も。。。

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 もともと津久井郡だった片田舎で

 

 orb hair museumって理美容室やっている、

 

 お酒と音楽をこよなく愛するケンです!!

 

 

 

  

オーブに興味をお持ちただいた方

 

初めてご来店いただく方へ

 

お読みいただきたい

 

まだ見ぬ未来のお客様へ・・

 

 

 

大変ご予約がとりにくい日が

 

増えてきております

 

ご予定が分かり次第

 

お電話いただければと思います

 

よろしくお願いいたします

 

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月のお休み

3日 4日

11日

17日 18

25日 

 

29日(土)

臨時にお休みいただきます     

     

ご迷惑をおかけいたしますがよろしくお願いいたします

 

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〒252-0102

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☎042-782-3055

 

 

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ボランティアのやめ方




宮城県石巻市にいます


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ニシへヒガシへ キタ ミナミ



さぁ 今日はどっちだ?


(≧∀≦)


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緊急ブログ「西日本豪雨災害絆募金」北海道地震を受け使途一部変更について

 

 

7月に発災した

 

西日本豪雨災害

 

 

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西日本豪雨災害 何故炊き出しが必要か??

 

 

もうすぐ発災から2か月

 

広島 岡山 愛媛など

 

西日本を襲った豪雨災害。

 

性懲りもなく

 

関わり始めてます(゚Д゚;)

 

 

・・・・・・・・

 

  

ど~も 

 

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特技はリバウンド

 

ダイエットに

 

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原発問題のコト久しぶりに叫んじゃうぜ!!



福島第一原子力発電所

通称 いちえふ

僕はその現場に立ったことがある

今は西日本豪雨災害に関わってるけど

本職??は東日本大震災ボランティア。


僕はご縁あって 2年前かな

いちえふ構内に東電の案内で視察させていただいた。




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物理の教科書にも載っていないけど必ずある力に導かれ・・

 

 

先日の岡山行きで

 

その時のブログ・・クリック

 

こんな事がありました。

 

まさに

 

「ご縁の紡ぐ魔法」

 

 

 

・・・・・・・・

  

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TALK TO ME 〜話をしよう〜



昨日は例により

弾丸岡山ツアー!


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10時間耐久。。。



ひじょーに

物凄くひじょーに

緊張したゲストをお迎えして(謎)

終わり

仕事片付けて急いで向かったのは。。。





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西日本豪雨災害、次のステージは「お金」?!

 

 

東京のメディアだけなのか

 

関西圏もそうなのか分かんないけど

 

西日本豪雨は報道されなくなってますね。。

 

今からも結構重要な時なんですがね・・

 

 

さて 当然ですが 

 

モノで補えないもの 

 

それは心です。

 

 

 

東日本大震災支援で嫌と言うほど見てきた

 

「人の心のもろさ」

 

 

 

モノがなく 家も帰れない・・

 

皆が同じような状況下では

 

人は差もなく肩を並べ 肩を組み 

 

この難局を一緒に頑張ろう!という

 

共助

 

の空気があります

 

 

が!! 

 

 

徐々にここから

 

人との差が顕著になります。

 

 

 

 

持つ者と持たざる者

 

全てを失った者と 失いきってない者

 

興奮状態の1か月を超えて 

 

沈静化し徐々に状況への

 

落胆

 

が心を蝕み

 

僻み妬み嫉みが

 

蔓延し出し

 

避難所内 仮設住宅のコミュニティーが

 

息苦しくなります。

 

 

 

 

それこそが

 

地域コミュニティーを

 

崩壊させ

 

復興の妨げの

 

最大の要因になるのです。

 

 

 

 

町と家の土砂を片付けつつ

 

 

心の土砂を

 

綺麗にしていく

 

 

活動が大切になります。

 

 

 

 

そこには

 

エンターテイメント

 

が大切です。

 

 

 

 

 

例えば 炊き出し

 

 

これを単に 

 

どこかのグループが行って全部用意し

 

調理し 配膳する。。そうでなく

 

例えば避難所 仮設住宅の

 

おばあさんたちを集め

 

食材のみ提供し 

 

避難しているお年寄りに調理してもらう・・

 

 

 

 

僕は東北では郷土料理をやりました。

 

 

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汗と涙の約束

 

 

7月31日

 

西日本豪雨災害の現場に行ってきました。

 

被災されたお宅の「解体」作業のお手伝い

 

直すのではなく壊す??

 

そう思われた方はこちらの

 

ブログをお読みください・・理由ブログ

 

 

 

短い時間でした

 

ほんのささやかなお手伝い

 

それが終わり

 

帰路につかなくてはならない時間

 

 

急いで泥まみれの体を

 

汗ふきシートでとりあえず拭いて

 

(シャワーなんてないからね)

 

着替え 川月さんの宅を後にしようとした時

 

中1の息子さんが

 

ちょっと照れながら

 

「これ・・なんも返すものないから・・」

 

そう言って差し出してくれたのが

 

 

 

 

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汗と涙の街に、それでも花は咲くんだね

 

 

7月31日

 

日帰りでしたが西日本豪雨災害の

 

現場に行ってきました。

 

 

 

 

 

 

あの日

 

家からの浸水した家財や生活品を

 

集積する集積場に僕は見ました

 

 

 

泥をかぶり

 

葉も土にまみれて

 

緑が灰色になっても

 

 

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汗と涙を隠しながら「我歴」を積む

 

 

7月31日 僕は西日本豪雨災害の現場

 

岡山県真備町を訪れました。

 

そこで今回何をしたかと言うと

 

皆さんがよくTVで見る光景は

 

泥掻きや家財の運び出しなどでしょうが

 

僕がしたのは

 

「家の解体作業」

 

 

えっ?って思う?

 

家をこれから直して住むんじゃないの?

 

なのに壊しちゃうの?

 

 

そうなんです

 

「壊す」んです。

 

 

水に浸かってしまった家は

 

先ず家の躯体(柱や基礎)が

 

水を大量に含んでしまっています

 

また家の地盤にも大量の水分が入ってしまいます

 

そこをそのままにして

 

壁の補修や外壁などの補修をすれば

 

含まれた水分が徐々に染み出し

 

カビが生え 家を支える金物がサビ

 

強度が落ち 家はすぐにダメになってしまいます

 

 

その為には家を裸にします。

 

柱を露出させ

 

床をはぎ

 

床下の水分を含んだ汚泥を掻きだし

 

少しでも家を乾燥させるのです。

 

 

個人の方のお宅で

 

写真を撮るという行為は出来ないので

 

写真はないですが

 

僕は家を壊してきました。

 

 

 

壁をバールでぶち抜き

 

断熱材をはぎ落し

 

土壁を崩し

 

・・・それをしながら思いました

 

皆さんは「瓦礫」と言いますよね?

 

でも東北でもそうでしたし

 

今回も感じました

 

僕がしている行為は

 

その人の積み重ねた「歴史」

 

その歴史や

 

家を建てた時の喜びや希望

 

選んで悩んだ壁紙

 

コンセントの位置さえも

 

そんな「想い」を僕は今

 

見ず知らずの いきなり来た奴が

 

壊している。。。

 

 

その想いを想像すると

 

胸が苦しくなりました。

 

逆だったら。。。辛いよなって

 

 

でも汗と涙を隠しながら

 

時に笑顔で話しながら。

 

 

 

進めば進むほど消えていく

 

家を建てた時の「希望」

 

進めば進むほど広がる

 

この先への「迷い」

 

僕がしている行為は

 

支援なのか?

 

でも、今はこれが出来ること・・

 

 

 

僕は心の中で本気で

 

見知らぬ家の壁に床に向かい

 

感謝と哀悼とがない交ぜになった気持ち・・

 

敬虔な祈りの気持ちで

 

向き合いました。

 

 

僕はこの方々の

 

歴史や想い出にバールを振り下ろして

 

ハンマーで打ち砕いてるんだ

 

足元に散らばる壁板 タイル 土

 

これは「瓦礫」ではない

 

彼らの「我歴」なんだ

 

 

路上に積み上がってる一つ一つが

 

誰かの想い出 誰かの歴史

 

だから「瓦礫」とは僕は呼べないんです。

 

 

 

 

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汗と涙を繋いで

 

 

 

昨日は

 

イマイチ上手くまとめられない記事でした・・クリック

 

そして今日もまとめる自信がありません。

 

 

西日本豪雨災害 最大の被害の岡山県真備町に

 

 

7月31日日帰りですが行ってきました。

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汗と涙を信じるために

 

何処から書こうか

 

どうかこうか・・

 

思えば、8年前の東日本大震災の

 

最初のボランティア活動でも同じことを

 

帰る道すがら そしてPCに向かい

 

考えていたな。

 

 

7月31日

 

始発にのり僕は岡山県に向かいました。

 

岡山県真備町

 

西日本豪雨災害での被災地

 

街の四分の一が水に浸かり

 

一部は水没と言っていいほどの

 

浸水被害。

 

その被害を受けたお宅の

 

片付け作業のお手伝いに向かいました。

 

 

 

僕はこの災害に際し

 

岡山県の総社市のLUCIAのノリさんこと

 

守安さんと

 

ノリさんのお客様

 

天野さんが拾い集めてくれた

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汗と涙



 

 

 

 

汗と涙

 

信じてるかい?

 

(≧▽≦)

 

 

 

 

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誰の為に?そして何故その人の為に? 

 

西日本豪雨災害を受けて

 

岡山県総社市のLUCIA

 

↑クリック

 

ノリさんこと 守安さんが

 

 

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東日本大震災スタディーツアー「終わらない、終われない旅」

 

 

7月15日夜 東京を発ち

 

一路東北 宮城県石巻市へ

 

そこで

 

2011年3月11日発災した

 

東日本大震災を伝え 

 

活かし

 

未来を拓きたいと言う思いで

 

企画してる第三回スタディーツアー

 

 

震源に一番近い大地 金華山

 

復興著しい女川

 

今も僕らに「あの日」そして「未来」を

 

問いかけ続ける 大川小学校

 

そして応援し続け 僕にとっては

 

本当に大切な場所 障がい者支援施設・織音

 

 

 

 

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東日本大震災スタディーツアー「糸」

 

 

 

 

僕がこの「糸」に出会ったのは

 

 

2012年2月かな

 

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東日本大震災スタディーツアー「リアル」

 

 

東日本大震災発災から8年

 

被災したいたるところで工事や

 

工事が完成し新し町が生まれ

 

この被災地スタディーツアーを開催しても

 

「震災の本当の姿」をご案内できることが

 

難しくなってきた。

 

 

 

それは「良い事」

 

いつまでも「被災地」ではいれるはずもなく

 

何をもって「復興」と言うのかは

 

分からないけど

 

町は確実に「形を整えつつある」

 

 

でも

 

以前は女川の高台にお連れすれば

 

ここに逃げてもダメなのか!?って

 

場所まで津波の恐ろしさを感じれる場所があった。

 

でも地盤のかさ上げ工事を行った結果

 

「津波の高さ」を感じることは難しくなり

 

まるでただの壊し忘れたコンクリートの

 

塊のように転がる将来の「震災遺構」は

 

雑に扱われている・・

 

 

 

お連れした方々は「キョトン」とし

 

町が設置したパネル写真では

 

「へ~」ぐらいなものでしか

 

震災は被災地に行っても感じられなくなりつつある。

 

 

何度も言うけど

 

それは「良い事」

 

いつまでも「被災地」ではいれる訳がない。

 

 

 

でも・・・

 

多くの命が失われ

 

その意味を問いかけるためには

 

「真実」を言葉や写真でなく

 

「リアル」で伝える必要がある

 

 

歴史には言葉では伝えられないものがある。

 

 

 

 

ここは 石巻市立大川小学校

 

児童・教職員84名が命を落とした

 

「リアルの場所」

 

 

僕には語れない

 

リアルがここにある。

 

リアルは幻想を連れてきた。。

 

 

 

「あの日のあの時間に停まった時計」

 

 

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東日本大地震スタディーツアー「光の射す方へ」

 

 

 

東北の海を渡る

 

 

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第3回(?)東日本大震災スタディーツアー!その1

 

 

 

。。。断っておきますが

 

僕。。。普通の床屋です(゚Д゚;)

 

 

 

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過ぎたあの日を 未来にに拓く旅

西日本豪雨災害の被害に遭われました皆さまに
 
心よりお見舞い申し上げます。
 
そして連日の猛暑の中復旧作業にあたられている
 
皆さま どうぞお体労わりつつ
 
でも全力でよろしくお願いいたします。
 
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あなたの中の最良なものを・・~多くの人の想いに向けて~

 

 

~アナタの中の最良なものを~

 

 

 

人は不合理、非論理、利己的です
  気にすることなく、人を愛しなさい


あなたが善を行うと、利己的な思いでそれをしたと思われるでしょう
  気にすることなく、善を行いなさい


目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に会うでしょう
  気にすることなく、やり遂げなさい


善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう
  気にすることなく、し続けなさい


あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう
  気にすることなく、正直であり誠実であり続けなさい


あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう
  気にすることなく、作り続けなさい


助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう
  気にすることなく、助け続けなさい


あなたの中の最良のものを、この世界に与えなさい

 

蹴り返されるかもしれません


  気にすることなく、最良のものをこの世界に与え続けなさい

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

僕が何か事を起こす時

 

起こした瞬間正直「後悔」が湧き上がる。

 

いつも いつも・・

 

 

こんなの出来んのかよ?

 

また周り巻き込んで迷惑かけてしまうじゃん。。

 

 

そう言う想いが心を埋め尽くす。

 

 

今回もそう。

 

 

でも それは瞬間 本当に瞬間

 

 

その後にこの詩が僕を支えてくれる。

 

 

 

人に迷惑かける

 

わかってもらえない

 

出来ない

 

その能力はない

 

非難にさらされる

 

なにより「稚拙」・・

 

 

 

でも・・・

 

 

これが俺の中の最良なもの

 

止めることのできない溢れるもの。

 

 

それで蹴り返されようが

 

それが俺。

 

 

 

このページを立ち上げました

 

西日本豪雨災害への支援物資を

 

なるべく個から個へ繋ぐため

 

SNSを利用して

 

必要なモノを必要な人へ

 

送りたい人が送って欲しい人へ

 

繋いで繋いで 助け合い支え合う

 

SNSに「熱と血」を通わせる

 

 

 

是非 ご一読ください

 

誰でも参加できます。

 

 

 

情報も上げてください

 

運んでくださる方も参加してください

 

想いだけでもいいです

 

 

とにかく

 

今こそささやかな力でも

 

微力でも

 

無力ではない

 

あつめて無敵に!

 

 

僕は止まれないんです。

 

 

 

↓ クリックするとページに行けます。

 

 

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西日本豪雨災害での支援要請の声

 

 

 

西日本豪雨災害で大きな被害を受けた

 

岡山県真備町。

 

その隣の総社市に

 

LUCIA hair&nail

 

守安 範紘さん

 

ノリさんがいらっしゃいます。

 

ノリさんが現在被災地で必要な物資支援を

 

あげてくれました。

 

以下コピペです。

 

 

 

 

 

 

現場の声から抜粋して欲しいものリストを作りました

 

 

 

 

・衣類(古着でも新品でも大丈夫)

サイズや年齢に関係なく一枚でも多く欲しいです

片付けをしてたら匂いが付いてしまうため着替えが必要です

 

高齢者の衣類が少ないです

 

 

・タオル

片付けをするにあたって

家の中まで土砂が流れ込んでるのでたくさん欲しいです

新品でも使い古しでも大丈夫です!

一枚でも多く欲しいです!

 

 

 

・消毒液やウエットティッシュなど

片付けをしてて怪我をしてしまったりするので

(救急道具類:絆創膏など)

 

 

 

・下着類(新品)

被災地ではなかなか風呂に入れなかったりするのと

水没して衣類をなくしてしまったなど

手持ちの服や下着を持って避難できなかったので

何も持ってないから

 

 

・靴(各種サイズ)

履いて逃げた靴しか持ってなくて

被災現場は泥だらけです…

靴を洗うにも洗う水がないです

 

 

・水(飲料水)

これも実際の現場では必要最低限しかなく

各家庭にペットボトル2本ぐらいしかありません

 

 

・頑丈なゴミ袋

・長靴

・軍手

 

 

・化粧水などの試供品

何も待たず逃げてきたので試供品のような

パウチになってるのがあると助かります

 

 

 

 

 

使ってないタオルや

きてない服や靴など

ぜひ送ってください!!

 

 

特に必要な物資】
 ・ 飲み物(水・お茶・スポーツドリンクなど。できれば500mlのペットボトル入り)
・ 土のう袋
・ 軍手
・ ごみ袋(45リットル~90リットル)

 

 

 

 

使ってないタオルや

きてない服や靴など

ぜひ送ってください!!

 

 

 

※衣類だけじゃなく片付け道具とかも不足してます

 

 

支援物資詳細は。。。クリック

 

 

 

 

 

以上だそうです。

 

 

 

ここからは僕の経験を書かせていただきます。

 

 

もしも送る時は

 

梱包した箱の中に

 

入れたモノのリスト

 

そして梱包した箱の見えやすいところに

 

(上面・横面両方が助かります)

 

同じように何が何個入っているか

 

見えやすく書いておいてください

 

 

 

 

梱包を時 中身を確認する作業は

 

物凄く手間と時間が割かれ

 

被災地支援のはずがその逆になることが

 

多くみられました。

 

 

 

 

また中古の品を送る時は

 

貰う方も気持ちになって選んでください。

 

正直に書けば 僕が東日本大震災時に

 

寄せていただいた物資の中には

 

かび臭い衣類やボロボロの本など

 

人にどんな状況でもあげるべきものではない

 

質のモノが見受けられました。

 

 

確かに多くの支援物資が必要です。

 

でも 人はこういう困窮時にこそ

 

人としての尊厳を大切にし

 

尊重したいものです。

 

 

また

 

これからノリさんのリストにないけど

 

求められるモノの中に

 

コンタクトレンズの洗浄液や

 

メガネ

 

暑さ対策で「冷えピタ」

 

口腔ケアの歯ブラシやリステリンなど

 

子どもの塗り絵や文房具様々でてきます。

 

 

でもそのすべて

 

思い込みで送らないで

 

可能な限りSNSや様々な発信を頼りに

 

確認してから送ってください。

 

 

 

そしてココからが重要です。

 

僕は震災に際し 

 

ボランティアでヘアカットを

 

していたと思われてますが

 

8年間で実は5回しかしてません。

 

 

 

それは 被災した理美容師たちは

 

ハサミを手に入れ なんとか立ち上がり

 

仕事を始めたからです。

 

 

僕が避難所で切れば「無料」になります

 

しかしそれは 立ち上がった同胞の仕事を

 

奪う事になる 再建の妨げになる

 

そう気づいたのです。

 

 

多くの方に「切って欲しい」そう頼まれても

 

心を鬼にして断り続けました。

 

 

何が言いたいかと言えば

 

被災地では刻々としてイイ事と

 

してはいけない事が目まぐるしく変わります。

 

今日の支援が

 

明日には邪魔や無駄になり得るのです。

 

 

 

物資だって 販売してる店が

 

支援物資が溢れることで買ってもらえなくなります

 

そうするとその店舗は負債を抱えます。

 

 

ですから現地の方は大変な中ですが

 

今必要なモノだけではなく

 

そろそろ要らないもの

 

もう要らないものを

 

正確に発信して欲しいのです。

 

避難所にあり余る物資が山積みになり

 

それでも足りないものがいくつもある

 

ミスマッチを見てきました。

 

これこそ現地でしかわかり得ない

 

バランスなんです。

 

 

 

どうか難しく書いちゃったけど

 

善意と言うナイフもあるのがリアルなんです。

 

善意は断れないのが人情です。

 

 

全ては

 

情報

 

それをしっかり把握して

 

お互い助け合いたいのです。

 

 

 

そして

 

僕が今 たくさんの方にご協力いただき

 

企画してる 被災地・石巻での

 

東日本大震災復興祈念フェス

 

GOD SAVE THE ROCK’N’ROLL

 

 

 

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伝えるために 未来を拓くために

 

 

西日本豪雨に見舞われた地域の皆様

 

お見舞い申し上げます。

 

 

 

 

TVから流れる映像

 

お亡くなりになられた方の数

 

行方不明な方の数

 

被災された家の軒数・・・

 

 

 

。。数と言う尺度でしか

 

端的に伝える術はないのは如何ともしがたいですが

 

それでもその数で見ず

 

その一人一人 

 

一軒一軒

 

流されたモノ一つ一つに

 

想いがあることを忘れてはいけない

 

そう思います。

 

 

 

でも。。

 

これは永遠の僕の矛盾ですが

 

東日本大震災に際し

 

いてもたってもいられず

 

車に道具を詰め込んで

 

文字通り「見切り発車」で

 

気が付けば8年間通い続けてきました。

 

 

 

TVや新聞のインタビューで必ず聴かれる

 

「何故活動を始めた?」の問いへの答えに

 

「数」が全くなかったとは言えません。

 

 

死者数 被災者数 桁違いの

 

数のインパクト。。

 

そこに突き動かされた自分を

 

キレイごとにまとめることは卑怯です。

 

だから僕はそこは認めなくてはいけません。

 

 

 

僕は数のインパクトで動きました。

 

 

 

 

 

でも 通い 現地の人に出会い

 

関わり 笑い 泣き 喧嘩もし

 

そこには総数という数の中の

 

確かな一人

 

そこには人が確かにいることを

 

肌身で知りました。

 

涙の粒さえ意識するくらい。。。

 

 

 

僕はなんの身分の無い

 

いきなり現地に飛び込んだ素人

 

ノウハウも知らない なんにもない素人

 

その他大勢の一人。

 

 

その一人が出来るコト

 

それは結んでいただいたご縁を

 

ただただ繋いで 広げて 

 

微力を集めて無敵になる為

 

知ることをあきらめない活動を

 

続けていく事。

 

 

 

それが僕が唯一出来る

 

「未来を拓く」活動。

 

 

これからも続けていく活動。

 

 

来週 久しぶりに被災地ツアーを行います

 

 

西日本がいま大変な時ではあります

 

それが今なのか?

 

でも

 

僕に出来ることは多くはありません。

 

 

 

 

この活動が やがて予想される大きな災害への

 

なにかの助力になる為

 

資料をまとめ

 

伝えてきます。

 

 

 

 

どうか皆さんも

 

今できる最高のボランティアは

 

誰かを助けることが出来る人は

 

手を差し伸べてください

 

そしてそれが出来ない方は

 

どうぞ「自助」。。

 

備蓄をして自分の身は自分で守る準備を

 

してください。

 

 

自助 自分で自分を助けることが出来れば

 

アナタの為の水一本 おにぎり一つ

 

毛布一枚が 震災弱者のお年寄りや

 

子ども 障がい者へ向けられます。

 

自助は共助になる

 

これが僕がたどり着いた

 

究極のボランティアです

 

 

 

ヒーローはいりません。

  

自分を守り家族を守る 

 

ただそれだけが尊いのです。

 

 

 

 

そして今

 

この東日本大震災や

 

西日本豪雨災害のみならず

 

今 ご病気で大切な方を亡くされた方

 

事故でお子さんを失った方

 

僕はすべての一人に向き合う事はできません

 

その悲しみや口惜しさに向き合えません。

 

 

 

 

思うのです

 

どうか乗り越えなくてもいいと思うんです

 

受け入れがたいなら受け入れなくてもいいと

 

思うのです。

 

 

ただ その想いは生涯あなたと共にあるなら

 

その想いの「置き場所」が心に出来れば。。

 

常に横にある それでもいいと思うんです。

 

忘れること何て出来ないなら

 

置く場所さえ作れれば。。

 

 

 

僕ら大きな自然の力の前には

 

悲しいくらい微力です

 

でも絶対に無力じゃない

 

 

 

 

こんな細やかな発信でも

 

誰かの何かになれることを

 

この8年で知っています。

 

 

 

伝えるコトで

 

拓く未来

 

過去を伝えたいんじゃない

 

未来へ繋ぎたいんだ

 

 

 

そんな想いを込めて

 

石巻~女川~大川小~福島帰還困難地域を

 

巡る準備しています。

 

 

僕にはこれしか出来ないけど

 

僕にはこれが出来るから。

 

 

 

 

 

 

 

 

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地震が頻発しています。

 

 

各地で地震が頻発しています。

 

東京だって他人事じゃない

 

どの地域 国 誰 健康 障がい

 

年齢 そんなもん関係なく災害は起きます。

 

 

 

よく ボランティアの仕方や考え方を聞かれます。

 

それについては後述しますが

 

非常食と言うモノについて

 

よく3日分とか7日分とか言われるけど

 

そんな基準は嘘です。

 

 

僕はお陰様でずっと東北のボランティアを

 

してきた関係で 会う事がないような人にも

 

お会いして話を聞く機会も多々ありました

 

その中で警察庁から内閣府の防災関係の参与に

 

なられた方との懇談で

 

首都直下型地震発生時 全国から災害派遣要員が

 

一気に来るようになってると。

 

ただし「首都高」を使って・・・

 

 

無理でしょ?って言ったら苦笑い。。

 

 

そして非常食の3日の根拠も

 

人命救助のタイムリミット72時間

 

72時間を経過すると生き埋めなどでの

 

要救助者の生存確率が一気に下がります。

 

72時間。。つまり3日は

 

地上にいて何とか動ける人への救助はおいといて

 

シリアスな方の為に全部の力がそそがれます

 

つまりその3日間は救護はしない その間は

 

自活してくれって意味の3日で そこから

 

配給や援助が動き出す。。つまり3日では足りない

 

届き行き渡るまで 首都はもっとかかり

 

昼間の災害なら観光客 働きに来てる昼間人口との

 

計り知れない帰宅困難者への対応等で到底食料は足りません。

 

 

だから10日以上の備えは必須です。

 

 

その備えで食料で 配給は基本

 

おにぎり・パンなど炭水化物が主体で

 

野菜が決定的に無く ビタミン欠乏症になることが

 

多いのです。

 

ですので ビタミン剤も非常食の備えに入れておくことが

 

おススメなのと 切り干し大根やフリーズドライの野菜

 

今は軽くコンソメ味のついたものなどもあります

 

フリーズドライや乾燥野菜

 

たとえば切り干し大根をシーチキンなどと合わせ

 

醤油や七味などでアクセントつけて食べれば

 

胃にも優しい味のしっかりした非常食になります。

 

 

野菜が欠乏することこれは重要なポイントです

 

 

確かに10日分もの食料を置いとけない。。

 

それもあるとは思いますが

 

全部でなくとも意識をそこに置いてもらえるだけで

 

イイと思うんです。

 

 

 

最初に書いた ボランティアなんていらない に

 

通じるんだけど 僕はいつもボランティアの方法を

 

聞かれると こう答えます。

 

 

 

 

他人なんて助けなくていい

 

今から準備しておいて自分で自分を助ける

 

それが最高のボランティアです。

 

それであなたを助けるパワーが浮いたなら

 

それがお年寄りや子ども災害弱者を助けるパワーに

 

転換できる。

 

水1本 おむつ1包み パン1個が

 

誰かの命を心を救うから それが最高の

 

今から いつでもできるボランティアです。

 

 

 

だから こういう時期 いまなら買占めにはならない

 

今アナタの準備は 誰かを笑顔にする

 

自助は共助にすり替わる

 

最高のボランティアだと思うんです。

 

 

 

どうか大阪の皆さん

 

千葉の方々

 

群馬の

 

東日本の熊本 

 

地震だけでない 水害 土砂崩れ

 

様々な災害にあわれた方の悲しみを

 

無駄にしないように 心がけたいですね。

 

 

 

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東日本大震災スタディーツアー残席情報

 

 

先日募集をかけさせていただいた

 

2011年発災した

 

東日本大震災

 

その爪痕 今現在 そして未来を学び感じる

 

第4回目になるスタディーツアー

 

その残席情報です。

 

 

 

・・・・・・・・

  

ど~も 

 

趣味はダイエット

 

特技はリバウンド

 

 

神奈川は相模原市は緑区って言う    

 

 もともと津久井郡だった片田舎で

 

 orb hair museumって理美容室やっている、

 

 お酒と音楽をこよなく愛するケンです!!

 

 

 

  

オーブに興味をお持ちただいた方

 

初めてご来店いただく方へ

 

お読みいただきたい

 

まだ見ぬ未来のお客様へ・・

 

 

 

大変ご予約がとりにくい日が

 

増えてきております

 

ご予定が分かり次第

 

お電話いただければと思います

 

よろしくお願いいたします

 

・・・・・・・・・

そうだ!

 

インスタグラム始めました

  

僕のインスタ・・・クリック

 

よろしくおねがいしま~す!

 

 

 

 6月のお休み

  4日 5日 12日

  18日19日 26日  

     

   ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

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東日本大震災スタディーツアーへ行きません?

 

 

東日本大震災から7年が過ぎました。

 

被災者で無い僕がその年月を数えることに

 

意味はないと思っていますので

 

それに関しての感慨も何もないです。

 

 

確かに7年間 のべ何回東北に行ったか

 

もう数える気もないくらいです。

 

 

 

僕は去年4月でいわゆる「ボランティア」として

 

東北に行く事をやめました。

 

でもその後は夏祭りの手伝いや

 

単純に遊びに行って

 

今は 被災者とボランティアの人

 

って図式を

 

ただの人と人

 

に戻していく活動。。要は遊びに行くを

 

続けています。

 

 

 

 

そんな中でも

 

僕の中には多分一生涯終えられない

 

「約束」

 

があるんです。

 

 

それは 2011年4月初めて行った石巻で

 

たくさんの被災者の方の髪を切る中

 

皆さんが異口同音に

 

「伝えてくれ、

 本当の被災地を目に焼き付けて

 伝えてくれ」

 

そう言われ

 

僕はそれに対して

 

「はい!必ず伝えます!」

 

そういいました。

 

 

僕はそれを勝手に「約束」と思い

 

その約束は絶対に果たさなくちゃいけないと思い

 

SNSで発信し 東京でもイベントをしたりして

 

その約束を果たそうとしました。

 

 

その中で 僕は思いました。

 

「2011年4月の『あの日』だけが

 本当の被災地じゃない。

 刻々と変化していく被災地 人の心

 街 行政 国 そのすべてを

 伝えて行くべきなんじゃないのか?

 本当の震災とは 過去の一点ではなく 

 今も繋がり今も続く「今」を伝え続けなくちゃ

 約束は片手間落ちになるんじゃないか?」

 

その想いが今なお僕が東北に行き

 

これからも行き続ける動機なんです。

 

 

 

さて そう言う僕ですから

 

実は今までも数回

 

「被災地を巡る旅」

 

 

スタディーツアーを企画してきました。

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おまけん式コテパーマ通信講座をご覧いただいた皆様へお願い。

 

 

 

 

こんにちは

 

 

おまけん式コテパーマ通信講座

 

なるものを始めて2回動画付きブログを

 

アップさせて頂きました。

 

 

想いの他をはるかに超える反響と

 

問い合わせで自分では当たり前にしていた

 

コテパーマがどうやら世の中には

 

「珍獣発見!」

 

かの如く 面白がっていただけていて

 

僕も凄く嬉しいです。

 

 

・・・・・・・・

  

ど~も 

 

趣味はダイエット

 

特技はリバウンド

 

 

神奈川は相模原市は緑区って言う    

 

 もともと津久井郡だった片田舎で

 

 orb hair museumって理美容室やっている、

 

 お酒と音楽をこよなく愛するケンです!!

 

 

 

  

オーブに興味をお持ちただいた方

 

初めてご来店いただく方へ

 

お読みいただきたい

 

まだ見ぬ未来のお客様へ・・

 

 

 

大変ご予約がとりにくい日が

 

増えてきております

 

ご予定が分かり次第

 

お電話いただければと思います

 

よろしくお願いいたします

 

・・・・・・・・・

そうだ!

 

インスタグラム始めました

  

僕のインスタ・・・クリック

 

よろしくおねがいしま~す!

 

 

 

 月のお休み

  1日 7日 8日 15日

      21日 22日 29日 

     

   ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

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cocoroは燃え尽きてない

 

 

 大川小の裁判も高裁判決が出て

 

お話伺い 何度かお会いしたご遺族の方の

 

お顔をTVニュースで観て

 

想い巡らせる僕です。

 

 

僕は2011年4月から

 

去年4月まで

 

東日本大震災ボランティア活動

 

cocoroと言うグループを作りしてきました

 

 

大川小学校にも何度足を運んだか・・

 

 

ご遺族にも会い 裁判も傍聴しました

 

 

 

 

僕にはそんなもう一つの面があるんです。

 

 

 

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東日本大震災~ひまわりの奇跡~

 

絶対的な悲しみと絶望の中

 

それでも人は再生していく

 

それは湧き上がる自分の力以上の

 

何かそれを越えた見えない 

 

でもきっとある大いなる意思

 

物理学や何かの法則では測れない

 

見えないチカラ。。

 

必ずあるそのチカラを

 

奇跡と呼ぶんだと思う。

 

 

そんな震災の中に咲いたお話を。。

 

 

 

 

 

 

 

2015年

 

小さな命の意味を考える会の代表の佐藤さんのお宅に

お邪魔させていただいた時、

おばあちゃんから 漬物いただいたり

お茶いただいたりしている時に

 

6人のひまわりの奇跡 

お話を聞きました。



佐藤さんのお住いの地区は

大川小に通う

佐藤さんのお嬢さんはじめ地区の子供

確か8人中 6人の子供が犠牲になりました。

お住いの地区は

大きな津波の被害はなかったものの

佐藤さん宅の裏手にある小さな川

その土手にも海水は侵入し

潮水につかり 何も育たない場所に

しばらくはなると思っていました。

その場所に春の過ぎたある日

芽が吹きました。

 



それは「ひまわり」でした。

 

 


すくすく育ち

夏に太陽を浴び

胸を張り

歌うように

初盆の前に

真っ黄色な花を咲かせました。

 

 

 

 


見れば 形や大きさが

それぞれに違う。

そう・・・6人の子どもが犠牲になった地区で

 

 


6種類のひまわりが

咲いたのです。


 


「この花は丸っこくて〇〇君に似ている」

「花びらが細くて 可愛いのがうちの孫」

お子さんを失ったご家族は

その6種類のひまわりを

誰 重なることt無くそれぞれに

自然に「自分の子供・孫」と選び合いました。


佐藤さんのお子さんは6人の中での最年長。

卒業式ではピアノを弾く予定でした。

その佐藤さんのお子さんが 

佐藤さんの裏手の土手に

みんなを連れて帰ってきてくれたんだと

感じたそうです。

不思議なことに

ひまわりは 同じ場所に種が落ちても

自然には咲きません。

咲いたひまわりから それぞれの方々が

種を持ち帰り 植えなければ

芽は吹かないそうです。



人は悲しみから

いろいろな力で再生していくんだと思う

そばにいてくれる人

厳しくも美しい自然

流れる時間

そして 目には見えなくても

そばにいなくなっても

でも、感じる「想い」「魂」「存在」・・

それが紡ぐ祈りと再生への奇跡・・


僕は思う。。

 

小さな 優しい奇跡

「ひまわり」のように

いつか みんなが

直線の対立でなく

丸く円卓を囲むように

大川小学校の子供たちに

向き合う日が来るといいな。

それを多分 子供たちが

一番望んでいると思う。

一昨年かな


このひまわりを観に行かせていただいた時

佐藤さんのおばぁちゃんが

 

「不思議とね 全部花は

 

 大川小の方を向いて咲くんだよ」

 

 

そう言いました。

 

見ると確かに。。。

 

 

 

 

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2011・3・11を越えて生きるもの達へ

 

 

僕が 東日本大震災のボランティアのような事を

 

し続けてきた事は ブログにも度々書くから

 

知ってる方も多いけど

 

毎年この時期には

 

2011年4月

 

震災から1か月目に初めて行った

 

宮城県石巻市で出逢った方々の

 

あの日の言葉をアップさせていただいています。

 

 

風化と言う声さえ聞こえなくなる今

 

それが僕にはいけない事とは思わないんです。

 

いろいろな事が起き いつまでもみんながみんな

 

あの日のままでいれるはずはないからね

 

 

だけど俺は あの日をかりそめにも知って

 

見て 聞いた人間として

 

死ぬまで東日本大震災と関わって生きていくんだ

 

 

被災者でもない 何もうしなっていない

 

寒さも悲しさも知らない俺だけど

 

俺はあの日を常に俺の心のセンターにおいて

 

生きていきます。

 

 

 

 

どうか あの日

 

僕が聞いた 本当の声を

 

お読みいただければ幸いです。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

お会いした 50人くらいの被災者の方 

 

全てが 本当に全ての方が言っていた言葉が



「伝えてくれ!

 

 本当の被災地をみんなに伝えて欲しい。

 

 その目で見て 焼き付けて伝えて欲しい」

 

 

そういわれて帰ってきました。

 



僕の感想は後にして その思いを先ずは伝えます。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 

2011年4月の 僕のmixiの日記です。

 

この上記の書き出しから 

 

僕の東日本大震災活動記は始まりました。

 

 

 

僕が 今も通い続ける理由・・

 

それは あの日

 

2011年4月18・19日に

 

お会いした 髪を切った 

 

石巻の人たちとの

 

この

 

 

伝えるという

  

約束

  

これが僕の中で 今も燃えているから。

 

  

毎年3月11日を前は、淡々としてるんだけど、

 

「今」僕の周りには このブログやフェイスブックで

 

きっとこの

 

 

「伝える」を

 

 

「受け取ってくれる」

 

 

そう思える友人があの頃よりも増えました。

 

 

 

伝えて欲しいそう言われ

 

伝える為には その「約束」を果たす為には

 

誰かがいてくれなければなりません。

 

その「誰か」が今また増えてきてくれたという事は

 

やはり伝えなくちゃいけないと思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

この7年という時間の中

 

風化が叫ばれる中

 

今、何が大切なのか?

 

震災という

 

起きたことへのリアクションが支援であったなら

 

今これからは

 

未来へのアクションが大切なんじゃないか?

 

それは 

 

 

 

知ろうとすること 

 

考える事 

 

伝える事・・

 

 

これこそ「未来への支援」なのです。

 

 

 

必ず起きる 自然災害・・

 

その「未来への支援」

 

それがあれば減災になり

 

誰かが誰かを助け 支える何かに繋がり

 

もしかしたら

 

 

 

命が救えるかもしれません。

 

 

 

その為に

 

「知ることをあきらめない」なのです。

 

 

あの日 現地で聞いた生の言葉たちです。

 

 

どうか お読みいただき

 

知り、考え 誰かに伝えてくだされば

 

あの日の僕の約束は また一つ果たせた事になります。

 

 

 

どうか ご協力ください。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 

 

「俺は働くよ!

こうしていろんな人が俺たちの町のために来てくれる恩返しに

 俺は働いて税金納めて それが復興だし 恩返しだよ」
                     


                         
「俺たちは1000年に1度の災害を経験した 

ってことは俺たちは教科書に載るんだ 

俺たちがどうして被災して 何が問題で 

どう復活したかそれが教科書に載るんだから 

1000年に一度の検証が俺たちの役目だよ」



                        
「今日 俺のおかあちゃん焼いてきたんだ 今日が通夜なのかな」 

           

「食ってくれよ 遠慮すんなよ それしか今恩返しできねぇんだ」


           
「生きているだけで良い・・そう言えないんだよね」

 



「石原軍団なんてあんなの支援でもなんでもない 

整理券なくちゃ入れないなんて 本当に必要な人に何にもしてないのに」

 


「ホームセンターで被災してね 屋上の駐車場に逃げて 

もう駄目だって思ったけど 家族が一緒だからもういいかって思った」

 



「食料も何もなくて 流れてきた魚を食べてた イカがたくさん流れてきて 

でも重油や何かでベトベトで 水もなくて 

流れてきたお酒で洗ってそれを食べたの。

臭くてね。でもそれしかなかったの 

子供は食べるんだけど吐いちゃって・・

あっでもアナゴは美味しかった(笑)」

 



「ヘリコプターが飛んできた時は あぁ助かったと思っても 

何もしてくれなくて 救援も来ない。

何度も何度もヘリは来るんだけど 何もしない。
そのうちヘリコプター見ると腹が立った。

やっと物資を投下したのは6日後だった・・」

 



「避難所に何とか辿り着いたら 定員だからもう駄目って。

せめて赤ん坊だけで言っても駄目だった ミルクさえくれなかった」

 



「今は知り合いのところに世話になってるの 

だってね孫が「普通のおうちに行きたい」って言うの・・

ずっと家族みんなで車の中で暮らしていたから」



「助けられて 最初に孫がジュースをコップ一杯注がれてね 

「ねぇ全部飲んで良いの?」って。 

屋根の上で救助を待っていた何日かは 流れてきたものを一口ずつ分け合って

みんなで飲んでたから」



「行政は何もしない!」



「避難所に援助すれば大丈夫って思ってる人が多い。

テレビとかが本当のことを伝えていないから仕方がない。

こうなって初めて知ったの 

テレビや行政は簡単でわかりやすいことしか 

やらないし伝えない」



「必ず伝えて欲しい」

 


「地獄でした  本当に地獄でした」



「幼稚園バスがね 横倒しになって 

 そこに火災が来て みんな死んじゃった」

 


「今したいのは 外食したいかな(笑)

 焼き肉食べたい びっくりドンキーでもいい」

 

 


「不思議なの 食糧がないときね お腹空かないの

 寒くもないの ただ子供たちにって

でね 救助されても 満腹感がないの やっと最近普通になれたかな」

 



「頑張ってって言われて

 やっと頑張ろうって受け入れられてきた」



「やるしかないよ」

 



「一日ご飯は おにぎり1つとゆで卵1つだけ

 それで一日10時間 看護師も先生も働いてた」



「チリ地震の津波は 大騒ぎしたのに

 50センチだったから 今回も甘く見てたんだよね」



「車にこだわって逃げた人は みんな死んじゃった」



「連絡がとれなくて だんだん死者の数が増えて

 一日たち二日たち

あぁ駄目だったんだって思ってたら

泥だらけになって帰ってきたの」


 
 
「はぁ髪を切ったらスッキリした」



「今日から再スタートなの だから髪をきるの」

  

 

 

「電線にですね たくさん本当にたくさん 

 遺体が引っかかってるんですよ。
 でも勝手にそれを下ろしてあげることが出来ない。

 警察がやらないといけないんです。

 だから 避難所や給水所に行き時に必ず見るんです。

 みんな言うんです 

 今日は何人みたって」

 



「ゴメン・・けんさん・・戻って良いですか?

 これ以上いけない・・違うんです・・

こんなんじゃないんです・・この街は・・

 違うんです・・ネオンがあってね・・

こんな暗くないんです・・昼間は平気なのに・・

 夜は・・・進めないです・・

 見て欲しいって誘っといてごめんなさい・・

 戻らせてください・・・
・・・・馬鹿な話してて良いですか?・・・

ここにラーメン屋あったんですけど 

味の素の味がメチャクチャすんすけど 

なんか美味いんですよ・・

ここの二階に貸しスタジオがあって 

ここど練習してたんですよ・・

僕はベンチャーズがきっかけでドラム始めて 

本来はロックなんス 

東京さ行ってJAZZにかぶれてみようかって(笑)

でもロックっす」

 



「本当は 添加物とかレトルトとか

 与えないで子育てしたいって思ってたけど 

 打ち砕かれました そんな事いってられないから」

 


「本当に自衛隊員には感謝してます 

 本当に頑張ってくれてる」

 


「見つかった遺体は下半身だけ。

 ポケットに免許証が入っててね。
下半身だけ?そりゃそうよ 

ビルだって壊す津波よ 人間なんて」

 


「石原軍団にはなんも思わないけど 

 長渕が基地で歌ってくれたのには感動した」

 



「お医者さんは医学的に 

 助けられる 助けられないって線引きできるけど 

 看護士はそれがないから 

 助けられないけど何か出来たんじゃないかって・・

 思っちゃいます」

 

 


「私 震災のホンノちょっと前に

 救急救命に配属になって いきなりですからね・・」 

 



「避難所で働いてくれてる中学生は 

 親兄弟なくした子も多いの。
 昼間は笑ってるけど 

 夜布団の中で声を殺して泣いてるんだって・・」

 


「遺族に説明するのが私たち看護士なんです。

 先生の説明は専門的だし 

 先生様に意見できない的な空気あるじゃないですか?

 だからそこで納得されたようでも

 遺族は私達に再度聞きに来るんです・・・」

 


「楽しかった~被災してるの一瞬忘れちゃってた」

 


「木を植えたら2年で枯れるあそこに仮設住宅作るんだって」

 「えぇ~でも石巻広い土地ないからね」

 


「この地区は天国 ガスも水道も電気もある」

  


「僕らは年寄りから チリ地震も 

 三陸地震も聞いて育ったけど いつか風化していた 

僕らはこれをまた伝えていかないと 風化させないように」

 



「一気にたくさんの人とお別れしましたが 

 こうしてまた新たな出会いがあり

生き残った事を毎日確認し感謝しています。」

 



「これからです!!!」

 


「来てくれるだけでいいんです。

 聞いてくれるだけでいいんです。

 見たいだけで来ていいんです。

 観光でいいんです。見ればわかってくれると思います 

伝えてくれると思います」

 

 

 

「忘れたいけど、覚えておく」



「必ず 目に焼き付けてください 

 写真も撮ってください 

 一番の被害を見て欲しい そして必ず伝えて欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
最後の言葉が 全て行き会う方に言われた言葉。


オーバーでなく本当に本当に本当に言われ続けて言葉。



これが僕が今も震災に関わり続ける理由

 

「約束」です。

 



みんなと 話してくれた皆さんと約束した


「必ず責任を持って 伝えます」

 

これを果たす為に

 

僕はこれからも行き続けて

 

見て

 

感じて

 

考えて

 

未来へ伝える為に

 

何が出来るか足掻いていきます。

 

 

 

 最後に是非この映像をご覧ください

 

友人のスミアヤコとのやり取りの中

 

彼女がくれた詩に 

 

友人のピアニスト・川久保典彦の演奏で

 

作らせていただいた動画です。

 

 

これは「人間賛歌」です。

 

 

*震災時の映像があります視聴には十分ご配慮お願いいたします。 

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東日本大震災~ハナヒラケ~

 

もうすぐ東日本大震災から7年が過ぎようとしています。

 

僕は震災を受けてボランティアグループ・cocoroという

 

グループを立ち上げ

 

足掛け6年活動してきました。

 

去年4月に「活動休止宣言」をしてもなお

 

いまだに行き続けてる僕で

 

まだまだやりたいコト満載の僕ですが

 

僕らの「最後」になった活動の記録を

 

7年が過ぎる今 再アップしてみます

 

 

是非お読みくだされば幸いです。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

それは 「偶然」から

始まりました。

 

 

 

食・音楽・癒し

 

 

 

2011年5月

最初の炊き出し。

 

何もしたことない ど素人集団が

野外で炊き出し それも水も電気もない

「激甚被災地」と呼ばれた場所で。

 

 

そう言えば・・・今思い出したよ

最初も「お餅」だったね。

忘れてた。

 

 

初めての炊き出しも お餅・・

お汁粉だったね。

 

 

餅が焼けなくて苦労したね。

アンコ炊くの大変だったね。

道路がガタガタで行く事も大変だった

徹夜だったね 眠かったけど

みんな笑いながらやり切ったね。

 

 

保存場所もなく

調理場もなく

企画してから どうしようかと悩んで

バグのユウスケさんに 助けてもらい

GINGAのママに支えてもらい

炊き出しやったね。

 

 

 

なかなか焼けない餅

炊き出しを待つ人が増える・・

準備が追い付かない・・・

 

 

そんな時 場繋ぎで奏で始めた音楽。

「星に願いを」

 

やがて餅は焼け

お汁粉が振る舞われ

音楽の波は大きくなる。

 

ベーシストが加わり

ピアニストはピアニカで

 

ドラマー佐久間令は

鍋とお玉でリズムを刻む

 

チコさんが歌いだす。

 

 

きゃしーが

「旦那、美容師なんです!」そう告げる

 

俺は万が一と思い 道具一式持ってきていた。

 

「わ~!!!」喜ぶ皆さん。

 

そして

それは偶然から始まった。

 

食事と音楽とヘアカットの癒し・・・

 

「いつもは 炊き出し貰うと

みんな家に帰って 食べるんだけど

こんなにしてもらえるなんて お祭りみたいで

楽しい!!」

 

そう喜んでもらえたね

それこそが

 

 

 

cocoroが生まれた瞬間。

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東日本大震災~人生は楽しまなくちゃいけないんだ!

 

もうすぐ東日本大震災から7年が過ぎようとしています。

 

僕は震災を受けてボランティアグループ・cocoroという

 

グループを立ち上げ

 

足掛け6年活動してきました。

 

去年4月に「活動休止宣言」をしてもなお

 

いまだに行き続けてる僕で

 

まだまだやりたいコト満載の僕ですが

 

僕らの「最後」になった活動の記録を

 

7年が過ぎる今 再アップしてみます

 

 

是非お読みくだされば幸いです。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

オイラ達

東日本大震災ボランティアグループ・cocoroの

最後の 「復興支援活動」

その模様をお伝えしています。

 

昨日の記事・・・クリック

 

 

調理が出来

みんなで配膳。

 

で 開始の挨拶から

みんなで いただきます!って思ってたら

 

勝手に食いだす!!(爆)

 

 

 

 

・・・・まぁ 何年もやってりゃ

そう言うもんですよ(笑)

 

 

 

糠塚前仮設住宅の

阿部会長の挨拶をお願いして

イベントは始まります ゆる~く(笑)

 

 

阿部会長とはこの4年半

いろいろありましたよ。

感情の行き違いもあったり

励まし合ったり

体調も崩されたり・・

 

この方がいなければ

オイラ達はここまで出来なかった

それは間違いない。

 

年も違えば 状況も違う

でも 信頼しあえてる

この活動に関しての同志であることに

間違いはないね。

 

 

 

 

ここからがcocoroの武器!

最高な音楽隊の登場!!

 

 

先ずは ベリーダンサー・愛葉さん

 

 

 

 

華麗に舞い踊り

 

続いて

歌組が登場

 

光が差すような歌声、スミアヤコ!

 

 

 

もはや円熟の感が出てきた

ジャズシンガー チコ!

 

 

 

 

この三人

仮設での人気は絶大で

誰かが参加しない時は

 

「今日はチコちゃんいないの?」

「スミちゃん来れなかったの?」

「愛葉さんは??」

 

そう言えばこうして

3人そろい 歌い、舞うの

久しぶりだよね。

 

そこに

 

 

最高の音を奏でる

天才ピアニスト 川久保典彦

 

いや・・いつもスンバらしいんだけど

今回のは なんか凄かった・・

 

 

 

タップダンサー・小島和夫さんの

タップダンスも華を添え

 

 

 

 

まさかの飛び入り!!

これまた 仮設で絶大な人気を誇る

 

北川玉奴姐さんの

昭和歌謡!!

 

 

 

 

うちのグループ・・・

 

濃いな~(笑)

 

 

やがて カラオケ大会に進み

 

 

踊る人

 

 

 

 

 

囃し立てる人

 

 

 

 

何だかわかんないけど

楽しみまくる人

伊勢さんも 絶好調!!

 

 

 

それぞれが

それぞれに

様々なものを

今も抱え 直面し

悲しみや不安

苦しみを

心に抱えてるはず。

 

震災当初より軽くなったもののあれば

新たに生まれ 抱えざるを得なかった

ものもあるだろう・・

 

二度と笑顔になれない・・

そう思った人もいるだろう・・

 

そんな人たちであることを

俺たちは 正面から見据えつつ

そこにフォーカスしすぎず

 

今を生き 今を楽しむ

この瞬間だけ 笑いあう

一緒に笑いあう

 

ただそれだけを重ねてきたつもり。

 

家を作れやしない

道路を作れやしない

街も悲しみも

何にもしてあげる事は出来ない。

 

 

 

去年ね、踊りまくり

肩で息して うずくまった伊勢さん

 

「少し 休みなよ」

 

そう言った俺に

 

「はぁ・・・はぁ・・

 人生は・・・

 楽しまなくちゃ・・

 いけないんだ!」

 

 

 

そう言って よろよろ立ち上がり

また 踊りまくった。

 

 

彼が何を経験し

何を見て

何を失い

どんなバックボーンがあるか

俺は知らない。

聞くことはないし

きっと話すこともないだろう。

 

でも その一言が

俺のこの活動の意味に

光を与えてくれた。

 

 

だからこそ

俺はこの歌を届けたくて

今回 pesca voceのmomoさんに

来てもらった。

 

ハナヒラケ

 

これを届けたかった。

 

 

どう受け取られたかは わからないけど

この歌から

「花は咲く」をみんなで歌う・・

 

 

イベントは

大団円へと向かいます。

 

 

つづく・・

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東日本大震災支援活動で僕らがしてきたこと

 

もうすぐ東日本大震災から7年が過ぎようとしています。

 

僕は震災を受けてボランティアグループ・cocoroという

 

グループを立ち上げ

 

足掛け6年活動してきました。

 

去年4月に「活動休止宣言」をしてもなお

 

いまだに行き続けてる僕で

 

まだまだやりたいコト満載の僕ですが

 

僕らの「最後」になった活動の記録を

 

7年が過ぎる今 再アップしてみます

 

 

是非お読みくだされば幸いです。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いよいよ

5年半活動を続けてきた

東日本大震災ボランティアグループ・cocoroの

最後の活動が行われました。

 

cocoroと仮設住宅の方との

Last waltzです。

 

 

 

 

。。。。。マジに踊ってやがる(笑)

 

 

 

先ずは・・・

 

いつも 僕たちを応援・ご支援いただいてる皆様

本当にありがとうございます。

 

おかげさまで 今回も素晴らしい仮設住宅での

イベントが無事に行われました。

 

今回は 僕らの東日本大震災ボランティア 

最後のイベントとして位置付けていました。

その覚悟で メンバー全員

そして仮設の方々皆さん、本気で楽しみながら

あたたかい時間を紡げました。

 

これから少しづつ ご報告ブログを書いていきますので

よろしかったらお読みください。

 

 

 

 

出発は もう三々五々。

慣れたみんなは 自分の仕事の都合や

好きな行き方で 石巻を目指す。

 

イソヤン・ミキドンは

鈍行列車で旅を楽しみながら。

 

チコさんとミー君は 少し前入りして

体調整えて

 

きゃしーは

仕事が立て込んでたので

これまたほぼ徹夜で

始発電車に乗り、石巻へ

 

 

スミちゃん 川久保さん 恵子ちゃんは

弾丸徹夜状態で石巻入り

・・・・スンマセン・・・

 

 

へー子さんは

常磐道をぶっ飛ばし(笑)

 

 

 

で オイラは

仕事を終えて レンタカー借りに行き

21:30に東京・八王子を

愛葉さん momoさん 陽太 そら 小島さんの

メンバーで出発。

 

さすがに 仕事終わりで

疲れてて、眠い・・

 

でも なんとか石巻に着いて

仮眠して

 

いよいよ 仮設イベント最後の日を迎えました。

 

 

 

 

もうホームグランド 糠塚生活センター。

 

仮設住宅にある「集会場」は

一時期 荷物や支援物資で手狭となり

そして 仮設住宅の方々だけのイベントじゃ

なんかもったいないな・・って想い

それなら地域や その周辺の仮設まで

巻きこんじゃえ!って

この 元々この地域にあった

自治会館をお借りしてのイベントに移行したんです。

 

 

 

 

着いたとたん

TVカメラが・・・

この日の模様は

NHKの 「明日へ、つなげよう」東日本大震災プロジェクトの 

番組で取り上げられる・・・予定。(笑)

NHK総合の

「明日へ つなげよう」  NHK東日本大震災プロジェクト

 

 

毎週日曜午前10時05分~午前10時53分

 

再放送

毎週金曜日午後2時05分~2時53分

 

                       ・・・・・クリック

 

 

 

いやだってさ 俺ら

いや マジだよ

すんごいマジにやってるよ

 

でも多分・・

いわゆるNPOとかの

ボランティアに比べりゃ

よく言えば フランク

悪く言えば 俺は粗雑(;´・ω・)

みんなは しっかりやってるけど

俺 じいちゃんたちにもタメ口だし・・

 

 

 

 

まぁ~どうなるかは わかんないけど

放送されるようなら また告知しますね。

 

 

 

 

 

この日は 雨。

 

恒例の雨・・・

 

 

でも もう誰一人慌てることなく

雨なら雨なりに準備すりゃいいってんで

なんも言わなくても どんどん設営がすすむ。

 

さすが5年の時間は伊達じゃない。

 

調理場では

調理の準備が即始まり

 

 

 

そらと陽太も 張り切って!!

 

約束通り こき使う!!

 

 

 

 

女子供容赦しない!!

 

いつも駆けつけてくれる

宇佐美さんの奥さん へーこさんも加わり

 

きゃしー ミキドン 恵子ちゃん みっちゃんを

中心に芳しい香りが立ち込める・・

 

仙台名物

油麩をふんだんにいれた

「はっと汁」が完成。

この日の料理監修は

宮城県在住

港区で出逢った登米の女

 

 

みっちゃん。

 

 

 

 

この日は 「はっと汁」

 

初めての仮設住宅イベントで

石巻の郷土料理をって思い、作ったら

隣の登米市の郷土料理でやんの(笑)

 

 

 

で その想い出のはっと汁を

最後のイベントに作ろうと

本場 登米のみっちゃんに監修をお願いしました

 

 

 

外では 餅つきの準備を。

 

オイラがセットすれば

後は勝手に じいちゃんたちが

やってくれる 素敵なシステム(笑)

 

「これが楽しみで来てんだよ~」

 

 

そうそう 俺たちは

一緒に楽しむために

ここに集うんだもんね!

 

 

 

 

イソヤン 上手くなったね、かえし。

 

最初は あっち~!!って叫びながらだったよね。

 

そもそも餅つきなんてやったことね~のに

オイラがいきなり

「餅つきすんぞ!!」で始まり

大失敗して

 

 

なんども 仮設の阿部会長に

「機械でつくのも用意してるから・・」

そう言われながら

 

「いや!できます!!何とかします!」

といつもの啖呵切り

ことごとく失敗し(笑)

 

金子のばぁちゃんに助言いただいて

何とか完成させ

4年の月日で ここまでの完成度になった

いわば 餅つきこそ 

我らの重ねた年月の証?!

 

 

 

 

調理部隊は 着実に準備が進み

設営部隊も

 

 

 

 

ミー君 宇佐美さんが中心になり

四角いところを丸く拭く 陽太が頑張り(笑)

これまた

「以前の通りで」の一言で

すぐに会場設営が出来る。

 

本当にありがたい。

 

そして

前回大好評で

もはや仮設住宅や

簡易的な音響機材の域を越えてる

音響をセッティングしていただけてる

ミュージシャンからも絶大な信用のある

オフィスABEの 塚本さん

 

 

 

 

その音響で

素晴らしい歌声を披露すべく

ミュージシャンたちは リハに余念がない。

 

なんかね

この日の為に

それぞれ集まり 東京でリハをしてくれてきたの。

忙しいのにみんな。

 

この日のイベントにかける意気込みに

胸が熱くなります。

 

 

 

それぞれが それぞれの持ち場・役割を

理解し 動いてくれ

オイラはただ右往左往してただけ(;´・ω・)

 

やがて準備は整い

 

じいちゃん ばぁちゃん達も集まりだし

あっちこっちで

「わ~元気ぃ~」

「お~また来たよ~」

「なんだ また雨じゃね~か」

 

そんな会話が心地よく響き

 

イベントは始まるのでした。

 

つづく

 

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髪を切るのはハサミだけじゃない!

 

 

俺はボランティアって言葉が

 

マジに嫌い!

 

 

別に逆説的にイイ人ぶるんじゃなく

 

マジに嫌い。

 

 

便宜上使わざるを得ないから使うけど

 

内心 本気でイヤ。

 

 

 

でも 世に言うそういうカテゴライズされる事

 

もう28年目にそろそろなります。

 

 

・・・そろそろ??

 

なってから書けばイイじゃんって??

 

 

うるせ~な!

 

書くには理由があるんだよ!(何尖ってるの??)

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

ど~も 神奈川は相模原市は緑区って言う    

 

 もともと津久井郡だった片田舎で

 

 orb hair museumって理美容室やっている、

 

 お酒と音楽をこよなく愛するケンです!!

 

 おまけんと呼んで♡ 

 

カットとヘアケア ハナヘナに力を入れてます!!

 

  

オーブに興味をお持ちただいた方

 

初めてご来店いただく方へ

 

お読みいただきたい

 

まだ見ぬ未来のお客様へ・・

 

 

 

そうだ!

 

インスタグラム始めました

 

 

僕のインスタ・・・クリック

 

 

よろしくおねがいしま~す!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2月のお休み

 

 5日 6日 13日 20日 21日 27日

 

   2月20日21日は 火曜・水曜 での

   連休を勉強会の為いただきます。 

     

   ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします

 

 

 

 

理美容師でお読みいただいた方へ・・

 

おまけん的

コテパーマ講習

随時お受けしております!

 

アイロンで作る乾かすだけでキマる

パーマスタイル。

 

受講料の75%は東日本大震災

復興祈念イベントに使わせていただきます。

詳しくは・・クリック

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

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被災地・石巻を「見放す旅」

 

 

2011年3月11日

 

東日本大震災 発災。

 

2011年4月18日

 

僕は生まれて初めて

 

被災地というものをこの目にした

 

それから 何十回 のべ何日か・・

 

数えることさえやめて久しい

 

宮城県石巻市へ

 

今年だけでも4回目かな?

 

今から向かいます

 

 

・・・・・・・・

 

 

ど~も 神奈川は相模原市は緑区って言う    

 

 もともと津久井郡だった片田舎で

 

 orb hair museumって理美容室やっている、

 

 お酒と音楽をこよなく愛するケンです!!

 

 おまけんと呼んで♡ 

 

カットとヘアケア ハナヘナに力を入れてます!!

 

  

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そうだ!

 

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11月のお休み

 6日・7日・14日・20日・21日・28日

 

 

12月のお休み

 5日・12日・19・31日 

 

 

         

          ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 
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福島に行こう!

今日は11日


東日本大震災から6年7か月の月命日


去年の10月 僕は福島第一原子力発電所
 
 
そう  原発事故の現場に足を踏み入れました
 
 
 
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星に願いを、君に願いを

震災から6年が過ぎ


今日は七夕。



まず願うのは


九州の豪雨災害に遭われた方々の


無事と再生。



震災時もそうだけど


状況を常に意識した


支援のあり方。。



刻々とニーズは変わります。



それこそ日1日  変わります。



情報にアンテナをはらないと。。。








東日本大震災で


最初に子どもたち向けのイベントを


仮設住宅でやったのは

 

七夕祭り。
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アナタの中の最良なものを・・

 

 

 

4月の活動で

 

 

僕らの

 

 

東日本大震災ボランティアグループcocoroの活動は

 

 

 

一旦休止させていただきました。

 

 

 

 

でね

 

 

そうとは言え 

 

 

実は昨日 石巻に行って来たんだけどね

 

 

 

 

今回は

 

 

活動休止したコト

 

 

その経緯 想い・・

 

 

それを4月にお会いできなかった方々に




直接会って伝えに行ってきます。

 

 

 

 

「電話やメールでも出来る事じゃん」

 

 

 

毎回そう言われるけど 

 

 

 

今まで 6年間 

 

 

何の実力もない僕らが

 

 

活動し続けられたのは

 

 

 

他ならぬ石巻の方々の支えがあったから。

 

 

 

 

その有難さや それへの感謝は

 

 

体を使わずに伝えるなんて出来るはずない。

 

 

 

 

人にいわせりゃ

 

 

相変わらず無駄な事にチカラを注ぐって言われるけど




俺の中のそれが最善 最良の方法で



やはり  会う   これに勝るものは無い。




最善 最良なものを。。。。




 

 

俺はこの詩に

 

 

東北での活動の6年間

 

 

僕は支えられてきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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音織〜inori〜

東日本大震災から6年が過ぎ
 
 
ご存知の方も多いかと思いますが
 
 
僕はサロンワークとは別に
 
 
この東日本大震災へのボランティア活動を
 
 
cocoro  ☜クリック
と言うグループを作り
 
 
6年の間  継続させていただいて来ました。
 
 
 
震災ボランティアといっても
 
 
髪を切るボランティアは最初の年の数回のみでして
 
 
それは あの未曾有の災害の中にあっても
 
 
ハサミを持ち  必死に立ち上がった方々を
 
 
目の当たりにした時、誰に何を頼まれようと
 
 
僕は絶対に被災者の方の髪を切る事はしませんでした。
 
 
では 何をしてたかといえば
 
 
炊き出しや 避難所での音楽演奏やマッサージ
 
 
野外音楽フェス開催や  
 
 
街の中での商店の盛り上げにとのライブ活動
 
 
仮設住宅での 夏祭りやクリスマス会
 
 
餅つき大会など
 
 
人の交流や心の応援みたいなことをし続けて来ました。
 
 
 
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僕が一番欲しかったもの〜東日本大震災ボランティアグループcocoro ラスト!〜

 

 

僕ら東日本大震災ボランティアグループ・cocoroの

 

 

最後の支援活動の翌日に

 

 

今まで 支援ほどのことも出来ずに

 

 

協力程度だったけど ご縁を育ませていただいた

 

 

共生型福祉施設 織音

 

 

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僕らは「差」を織り込んで 一つになって「ボランティア」を消していく

 

石巻に 「最後の支援活動」に

 

4月17日18日 行ってきました。

 

初日は・・・クリック

 

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糸のチカラ~東日本大震災ボランティアグループ・cocoro~

 

僕らが紡いできた「糸」は

 

 

どんな色で

 

 

どんな柔らかさで

 

 

どんな人たちを

 

 

繋いで 包んでこれたのだろう?

 

 

 

 

 

 

か細く 頼りない

 

 

最初は一本の糸だった。

 

 

 

 

 

 

 

「何かしなくちゃ」

 

 

ただそれだけ

 

 

今もって訳さえ分からないくらい

 

 

突き動かされ 闇雲に走ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

その闇雲の視界のきかない中

 

 

赤い糸

 

 

青い糸

 

 

黄色い糸

 

 

紫 緑 白 橙 桃色・・・・

 

 

 

 

さまざまな「糸」が撚り合い

 

 

紡がれ つながれ 

 

 

縦になり 横になり

 

 

時にほつれ

 

 

時にちぎれかけ

 

 

でも

 

 

その度に強く しなやかになり

 

 

 

暗闇を走り抜けるための

 

 

道しるべになってくれ

 

 

その「糸たち」に手を引かれ

 

 

そして今・・・

 

 

 

 

 

 

僕らみんなで織りなした布は

 

 

あたたかかったですか?

 

 

傷をかばえましたか?

 

 

一瞬の笑顔 紡げましたか?

 

 

 

 

 

ここからです。

 

 

いつも言うけど

 

 

ここからです。

 

 

 

また来ます。

 

 

 

 

また来ます。

 

 

 

 

 

 

 

この出会いは

 

 

もっとでっかい布を織っていくために生まれたはずです。

 

 

 

アナタの持っている「糸」のチカラを

 

 

僕らは

 

 

信じています。

 

 

 

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東日本大震災 仮設住宅の皆さんへ最後の「支援」。。と書いて宴会と読む!?

 

な~んて

 

仰々しいタイトルだけど

 

要するに

 

「宴会」

 

だもんね~!!

 

 

石巻の奥座敷


追分温泉




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東日本大震災ボランティアグループ・cocoro活動停止のワケ その2

 

昨日のブログ・・クリック

 

東日本大震災ボランティアグループ・cocoroの活動を

 

一旦区切りをつける・・それは何故か?

 

そのお話。

 

 

。。。。関心ない人にゃど~でもいい話で(;´・ω・)

 

 

 

仮設住宅を取り巻く環境が変化し

 

当然そこに住んでいた皆さんの生活も変化してきて

 

「支援」の意味が変わり始めてきた現在。

 

当然 そこに関わる「ボランティア」と呼ばれる僕らも

 

変わらなくてはいけない。

 

その一つの方策が

 

「活動停止」

 

そんな話を書きました。

 

 

 

 

でも それは去年くらいから考えていた事。

 

では何故 急に今 決断したのか?

 

それは「ボランティア」というものの

 

本質を僕なりに気が付いてしまったからです。

 

 

 

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東日本大震災ボランティアグループ・cocoro活動停止について。その1

 

今日はorbのケンではなく

 

東日本大震災ボランティアグループ・cocoro

 

↑ ぜひクリックしてご覧ください

 

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3・11の日にある意味「最大」の恩人が来てくれた



3月11日

14:46

黙祷を捧げ

その次の予約は。。。。



おぉ。。。。


こいつか。。。


もしも この世に幾つかの不思議や偶然という必然があるのなら

これは それに入ると思った。。。


3月11日 15時の予約は


僕の 大恩人。。。





・・・・・・・・

 ど~も 神奈川は相模原市は緑区って言う    

 もともと津久井郡だった片田舎で

 orb hair museumって理美容室やっている、

 お酒と音楽をこよなく愛するケンです!!

 おまけんと呼んで♡ 

カットとヘアケア ハナヘナに力を入れてます!!

 

  

オーブに興味をお持ちただいた方

初めてご来店いただく方へ

お読みいただきたい

 

まだ見ぬ未来のお客様へ・・

 

 

・・・・・・・・・

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3・11を越えて生きていく者たちへ。

 

これは

 

「人間賛歌」です。

 

たくさんの悲しみは消えなくとも

 

生きているのも 亡くなった者

 

すべての「命」への賛歌です。

 

 

 

*震災時の街や避難所の写真などが映されます。

 視聴には十分ご配慮ください。

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2011年最初の石巻の「言葉たち」その2

 

 

昨日の続きです・・昨日の記事

 

 

僕は 2011年3月11日に発災した

 

東日本大震災のボランティア活動を

 

今日までの5年間 

 

皆様のおかげさまで続けさせていただいています。

 

 

僕は2011年4月18日に初めて石巻に入りました


その時にお会いした方々が


僕に話してくれた  


あの日  


そして


あの日からの出来事  


あの日からの想いです。



是非 お読みください



。。。。。。。。。。。。。。。。。





 

 

 


「地獄でした  本当に地獄でした」 


「お母さんがね 子供を濡らさないように水の中を歩いていたの 

そしたら流される人が 助けて!って藁をもすがる思いで 

子供の足を掴んじゃって・・子供ごとその人は流されて行っちゃったの」 

「幼稚園バスがね 横倒しになって そこに火災が来て みんな死んじゃった」 

 


「今したいのは 外食したいかな(笑)焼き肉食べたい びっくりドンキーでもいい」 


「不思議なの 食糧がないときね お腹空かないの

寒くもないの ただ子供たちにって

でね 救助されても 満腹感がないの やっと最近普通になれたかな」 

「頑張ってって言われて やっと頑張ろうって受け入れられてきた」 

「やるしかないよ」 

「一日ご飯は おにぎり1つとゆで卵1つだけ それで一日10時間 看護師も先生も働いてた」 

「チリ地震の津波は 大騒ぎしたのに50センチだったから 今回も甘く見てたんだよね」 

「車にこだわって逃げた人は みんな死んじゃった」 

「連絡がとれなくて だんだん死者の数が増えて

一日たち二日たち あぁ駄目だったんだって思ってたら

泥だらけになって帰ってきたの」 


「はぁ髪を切ったらスッキリした」 

「今日から再スタートなの だから髪をきるの」 

 

 

「電線にですね たくさん本当にたくさん 遺体が引っかかってるんですよ。 
でも勝手にそれを下ろしてあげることが出来ない。

警察がやらないといけないんです。

だから 避難所や給水所に行き時に必ず見るんです。

みんな言うんです 今日は何人みたって」 

「ゴメン・・けんさん・・戻って良いですか?

これ以上いけない・・違うんです・・こんなんじゃないんです・・

この街は・・違うんです・・ネオンがあってね・・こんな暗くないんです・・

昼間は平気なのに・・夜は・・・進めないです・・

見て欲しいって誘っといてごめんなさい・・戻らせてください・・・ 
・・・・馬鹿な話してて良いですか?

・・・ここにラーメン屋あったんですけど 

味の素の味がメチャクチャすんすけど なんか美味いんですよ・・

ここの二階に貸しスタジオがあって 

ここど練習してたんですよ・・僕はベンチャーズがきっかけでドラム始めて 

本来はロックなんス 

東京さ行ってJAZZにかぶれてみようかって(笑)でもロックっす」 

「本当は 添加物とかレトルトとか与えないで

子育てしたいって思ってたけど 打ち砕かれました 

そんな事いってられないから」 

「本当に自衛隊員には感謝してます 本当に頑張ってくれてる」 

「見つかった遺体は下半身だけ。ポケットに免許証が入っててね。 
下半身だけ?そりゃそうよ ビルだって壊す津波よ 人間なんて」 

「石原軍団にはなんも思わないけど 長渕が基地で歌ってくれたのには感動した」 

「お医者さんは医学的に 助けられる 助けられないって線引きできるけど 

看護士はそれがないから 

助けられないけど何か出来たんじゃないかって・・思っちゃいます」 

「私 震災のホンノちょっと前に救急救命に配属になって いきなりですからね・・」  


「避難所で働いてくれてる中学生は 親兄弟なくした子も多いの。 
昼間は笑ってるけど 夜布団の中で声を殺して泣いてるんだって・・」 

「遺族に説明するのが私たち看護士なんです。

先生の説明は専門的だし 

先生様に意見できない的な空気あるじゃないですか?

だからそこで納得されたようでも遺族は私達に再度聞きに来るんです・・・」 

「楽しかった~被災してるの一瞬忘れちゃってた」 

「木を植えたら2年で枯れるあそこに仮設住宅作るんだって」 
「えぇ~でも石巻広い土地ないからね」 

「この地区は天国 ガスも水道も電気もある」 

「僕らは年寄りから チリ地震も 三陸地震も聞いて育ったけど 

いつか風化していた 僕らはこれをまた伝えていかないと 

風化させないように」 

「一気にたくさんの人とお別れしましたが 

こうしてまた新たな出会いがあり

生き残った事を毎日確認し感謝しています。」 

「これからです!!!」 

「来てくれるだけでいいんです。聞いてくれるだけでいいんです。

見たいだけで来ていいんです。

観光でいいんです。

見ればわかってくれると思います 伝えてくれると思います」 

 

 

 

 

 

「必ず 目に焼き付けてください 

写真も撮ってください 

 

一番の被害を見て欲しい そして必ず伝えて欲しい」 

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2011年最初の石巻の「言葉たち」

今年もこの日が近づきましたきました。

 

 

 

俺は床屋です。

 

ただの床屋です。

 

正直言えば 東北に向けての活動

 

それに費やす 時間 お金 体力

 

その多くを 仕事に回すべきだろう?

 

内なる自分は そう自分に問いかけます。

 

 

でも・・・

 

あの日の衝撃

 

あの日からの目にして来た光景

 

そして何より

 

愛すべき 石巻の人たち

 

誇りに思う仲間

 

応援してくれる皆さん・・・

 

 

それを想う時

 

俺は 俺ではなくなります。

 

 

じゃぁ何なんだ?

 

それはわかんねぇっす

 

 

なんなのか

 

なんでこんなに熱くなるのか

 

わかんない。

 

 

でも・・・

 

これに目を伏せて やり過ごして生きる事は

 

少なくとも俺は俺で無くなる

 

そう思ってます。

 

 

 

 

今年も

 

この言葉たちを再アップします。

 

 

魂の言葉たちを

 

どうか お読みいただければ幸いです。

 

 

以下 僕が初めて石巻を訪れた時に

 

お聞きした 2011年4月の言葉たちです。

 

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