「1月から朝とか夜に
ウォーキング始めたんですよ~
3.5kmを30分以内に
歩きぬけるって」
「相当早歩きじゃないですか?」
「いやね、デブがこういうことすっと
即ダイエットって言うぢゃないですか?
それ、デブハラですから(笑)」
「じゃぁ何のために?」
それは・・・・
なぜ「カウンセリング」が
上手くいかないか?
なぜ「オーダー」を
上手く共有できないか?
これって美容師側は「出来てる」って思ってても
結構お客さん側からしたら
あるあるって思うんです
それってどうなんだろう?
どういう理由でそうなってるんだろう?
生成AIとかさ
チャットなんたらとかさ
もうこの前の選挙なんかも
「自分の投票先」
さえもAIに聞いてるって言うじゃない?
でも思うんです
AIってさ・・・
美容室では当然
カットやパーマ・カラーなど
そういう「メイン」になるメニューが
重要視されるんだけど
こと、常連さんになると
このメニューに対しての
満足度って浮かび上がると思うんです
それって・・・
2026年、松の内も終わり
本格的に今年がスタートし
「さぁ今年も頑張ろう!」
そう思う方も多いと思うけど
何故だか最近は
頑張れって言ってはいけない
風潮らしい・・・
でも思うんです
頑張る時には
頑張らなきゃいけない!!
では、頑張るってナニ??
床屋さんって
お店にいるのがホトンドで
そんなアッチコッチ
行かないモンだって思ってたけど
最近じゃ毎月新幹線で
仕事でどっか行ってるし
ど~やら違うみたい
(≧▽≦)
今年1月まで毎日10年半
書き続けてたけど
1月中盤から毎日更新をやめ
youtubeチャンネルへ
注力してたけど
再び9月から
ほぼ毎日更新始めました
本日はその
ほぼ毎日更新ブログ
本年最後のブログです
タイトルは
「300円のしあわせ」
もう頭の中に生まれて
10年以上・・
でも何度か書いては捨てて
また書いて・・
タイトルは
「アフリカのクリスマス」
難民キャンプの兄弟と
国境なき医師団の男性医師との物語。
寓話的物語。
「この夕陽が俺は大好きなんだ」
「僕は嫌い・・」
「・・・なんでだい?」
「明日 また見れるか分かんないから・・」
「もうたくさんだ!なんで争うんだ!
嫌と言うほど見てきたろ!
嫌と言うほど悲しんできたろ!
もうたくさんだろ!?いつまで続けるんだ!?
もう止めるんだ!もうたくさんだ!」
「明日を楽しみに 夢を見て
夜を過ごしたことのない
子どもたちがいる世界。
そんな世界は絶対に間違っている!
明日はクリスマスだ!
たった一日 一晩でもいい
今はそれでもいい!
今夜だけは 子どもたちすべてが
世界中の子ども
すべて 宗教も国も関係ない
すべての子どもが
明日を楽しみに 夢を見て 朝を迎えられる
そんな夜をプレゼントしたい!
それが平和だろ!明日はクリスマスだ!」
そんなお話・・
クリスマスに寄せて。
(信者じゃないけどね~(笑))
メロンの話・・・
想像してみて
今 アナタは
両腕の中に
たくさんの果物を持っています
みかん
リンゴ
バナナ
梨
ぶどう
それらを抱えて歩いていると
ある日 床に
【メロン】
が一つ落ちていました
そのメロンは
丸くて綺麗なカタチで
表面はピカピカで
甘くて美味しそうな香りがします
周りを見渡すと
すでにメロンを持っている人もいます
アナタはそのメロンが
欲しくなってしまいました
でも
両腕はすでにいっぱいで
メロンを拾い上げることができません
両腕にたくさんの果物を抱えたまま
メロンが欲しい気持ちは高まるばかり
そこで
足の甲に乗せてみようと試みましたが
それでは上手く歩くことができません
それではと
口に咥えてみましたが
顎が疲れて長くは咥えていられません
さてアナタはどうしますか?
「子どもなんで、そんなコダワリは・・」
とか
「なるべく短めに・・・」
とか
お子さんのヘアスタイルのオーダーで
お母さんや親御さんが言ったり
「子どものカットだから早く終わる」
とか店側が言ったり
子ども・・
舐めんなよ!!
(# ゚Д゚)
え~
ちゃんと話すとヤヤコシイのですが
僕個人をよ~くご存じの方は
さもありなん
って納得する向きも
少なくない事でしょ~が
ブログでしかご存じいただけてない方は
「へ~」
ってなるでしょうが
かいつまんで
ザックリ
スパっと
話しますって~と
えぇもうすぐ2年になります
ワタクシ離婚してまして
でも
別れた元奥さんと
いまでもまぁ仲は良いんです
で
その元奥さんが・・・
先月 インスタを乗っ取られ
それからパスワードを変えて
再開したけどまた乗っ取られ💦
そんでアカウントも変えて
Facebookのパスワードも変えてたのに
今朝がた(10月23日)また💦
確かに「狙い通り」に
再生回数が上がるyoutubeコンテンツよりも
「内容はいいのに、なぜ再生回数が上がらないんだ?」
っての方が圧倒的に多いけど
この前あげた
正直「青ざめた・・」
何にって?
9月の初めにGoogleで
「相模原市 美容院」や
「相模原市 美容室」で検索するも
orb hair museumは一切出てこなかった
更に
相模原市緑区 美容院でも
検索結果は「皆無」・・・
そう・・なんとなく「変な違和感」を
8月後半から感じてて
でもお店は順調
でも「違和感」はどんどん膨らみ
そこでGoogleしてみたら
このありさま・・・・・
でもそこでヘコタレル僕ぢゃない!!
9月・・・
僕は凄く混乱の中にいた
仕事もプライベートも・・・
でも、その混乱が教えてくれたこと
その中で自分で紡いだ言葉たちに
自分は救われ
自分が「居たい場所」「居るべき場所」
それは今まで見えて「いた」場所
でも、見てる「つもり」だった
多分・・・ちゃんとやってきてた
間違いなくやってきてた
でも人はグラデーションのように
気づかないうちに何かを見てるつもりで
既視感 残像 思い込み・・
信念や覚悟は 錆ついていた・・・
でもそれに気づけた9月を越えて
僕は「戻れた」
居るべき場所に 居たい場所に
そんな中 大阪の大切な友達が
こんなブログを書いてくれてた
僕は無宗教だけど
特に仏教は「哲学」ともいえる面白さがある
例えば・・・
ある宗派では
言葉によって表現される世界は「迷いの世界」
物事や心の本質は言葉では説明できない
それを「真如」という
でも言葉が無ければ伝えられない・・・
言葉で表現する真如は依言真如というらしい
藤井風が
心が言葉をなくせばいい
それは無感情 つまらない 無表情って事じゃない
それくらい 何があっても
悪いことあっても穏やかである。。。
彼は歌というメロディに言葉をのせて
届ける事を生業にしている
でもその彼も真如の世界を模索してるのかもしれない
僕にとって「言葉」とはツールで
そのツールは「発信者」と「受信者」の
関係性で意味合いが変わる
例えば、同じデシベル数
同じ周波数、同じ語気・・・
すべてが全く同じの「バカ!」って言葉
関係性によっては「憎悪」にも通じ
関係性によっては「愛情」にも通じる
まさに言葉は「迷いの世界」
だから誰かの言説をどうとらえ
どう判断し どう行動するかの
真如・・・・
一切の事物や現象の真実の在り方・本性
永遠不変の真理 形なき絶対的実相・・
言葉では表現できない世界に身を置けば
言説を持って何かを伝えても意味はなく
伝えられた「僕」という概念を
どうとらえられたか
どういう風になされるか
それは「受信者」の人に依ることで
そこに間違はなく
その人の「真如」であればいいと思う
でも僕にも僕の真如はあり
ただただ間違いもある 齟齬もある
取るに足りない自分だけど
そういった「言説」に頼らず
自分を信じ生きていく覚悟があれば
「迷いの世界」を
歩んでいけるような気がする
でも 少しだけなぜか穏やかになれてる
自分がいる
好かれようが嫌われようが
一人になろうが
どうでもいい
穏やかに、なぜかなれてる
衝撃だった・・・
10年半毎日更新してたこのブログ
いわゆるSEO対策をほぼしてなかった
そのおかげでGoogle検索に
具体的に店名や目的を絞り込んで
書いてくれたらヒットしてたけど
いわゆる「相模原 美容室」的に
検索かけるとヒットしないレベルの
SNS状態だったことに気づいたとき・・
そのコトについてのブログは・・click
でもこの事態で改めて考えた・・
働く目的は??
SEO対策とは、「検索エンジン最適化
(Search Engine Optimization)」の略で、
ウェブサイトをGoogleなどの検索エンジンで検索した際に、
上位に表示されるように最適化するさまざまな施策のことです。
これにより、検索からの自然な流入を増やし、
認知度や売上の向上を目指すマーケティング手法です。
核心にはユーザーの検索意図に沿った
質の高いコンテンツを提供し、
検索エンジンに正しく評価されるための
ウェブサイトの改善が含まれます。
僕は、インフルエンサーになりたいわけではない
YouTubeで稼ぎたいわけでもない
抗がん剤治療後の髪とか
どこかすごいニッチな動画を作り
ぶっちゃけ、遠方の抗がん剤治療後の髪の方が
ウィックを卒業するため
髪を整えて差し上げて そこから伸ばせる状況にしたら
もうorbには、ご来店いただけないことが普通に多い
あっ勿論その後通っていただいてる方も多いけどね
今日、参議院議員選挙の投開票だけど
これいつも思うことなんですが
そして、これが実現したら嬉しいんですが・・・
いろんな候補者や
いろんな政党が
お互いの政治信条において主張してきた
思いや公約や、足で耳で拾い上げてきた
この国の課題
選挙ってどこか勝った政党 候補者の意見が正義になり
負けた政党 候補者の意見が消されてしまう
でも、負けた人の
負けた政党の主張の中にも
大切なものはあるはず
そして、当然、勝った候補者たちにも、
多くのその負けてしまった、消される
取り上げられない主張や課題
政策、耳に入っていると思う
そういう声や思いを勝った政党や勝った候補者
内心思ったかもしれない
あ、アイツいいこと言ってんじゃん
あ、そうかそういう考え方もあったか
ヤベぇ あっちの方がいいかも💦
ふーん、そういう方法もあるか
そう、負けた人たちの中にある
大切なこと、大切な方法
それらをどうか勝った候補者たちや、政党が
あなたのその思い、
私に託させてください
御党の政策、
ぜひ参考にさせていただきたいので、
お話を少し聞かせてもらえませんか?
なんだったら、選挙が終わって結果が出た後、
その選挙の候補者
勝った人、負けた人全員が一同に会して
会議を開き その選挙区の課題を声を
みんなで整理して 勝った人に政党に託せたら
なんかすごくいいような気がする
誹謗中傷ばかりが どうしても選挙中は目立つ
勝つために仕方ないのかもしれないけれど
でも、キラキラした原石は、
お互いの主張の中にもあるはず
それを整理して託しあえたら
勝っても負けても、自分の主張の一部でも
国政や、その街に生かせたとしたら
反映させれたなら
選挙と言うものに
出馬する意味が深くなり
失われないんじゃないかな?
もしも何とかファーストなんて言うんだったら
これをやることが、この国を豊かに正しい方向に
向かわせられる1つの方法なんじゃないかと
毎回選挙が終わるたびに思います
思いや吸い上げた声を無駄にしない
僕はやっぱりそういう多様性を認め合う
そんな世界が好きだ
猜疑心や誹謗中傷にまみれた世界より
お花畑と言われようが
向日葵だけの世界より
多様な花が咲き乱れる
そんな世界が好きだ
今日が参議院議員選挙街頭演説最終日です
まぁいつもそうなんだけど
どこか、誹謗中傷合戦的な演説が
今回は特に目立つような気がして
大切なのは、相手がどうだとか
あいつがどうだとか
他人のせいや 誰かのせい
他責に話を落とし込むのではなく
自分たちは 自分はどうしていきたいか?
どうするべきか?
何をするか
人を落としめながら 団体を落としめながら
どこかの国の人を落としめながら
不安や不満を煽りながら
何かを主張するのではなく
自分たちの責任において
自分たちの主張だけを
どうか最終日だけは
そこに徹してほしい
地面師たちのピエール瀧じゃないけど
もうええでしょう
誹謗中傷合戦は
不安や悲しみや、そういうものを語るのではなく
やっぱり政治って未来をワクワクするって思わせる
そういういわば
お花畑
と揶揄されるかもしれないけれど
でも、やっぱり大切なのは
この国や世界・・・
まぁ厳しい世の中ちゃ厳しい世の中だけど
でも、やっぱり大切なのは
夢を語ることじゃないかなと思います
たとえ、それが、お花畑と呼ばれても
未来への希望が見出せない。そんな今
だからこそ、政治には、この選挙の最終日には
各政党には夢を語って欲しい
荒れた草原より
花に埋め尽くされた大地の方が良い
悲惨な未来より 不安な風に晒すより
ワクワクする未来の話の方が良い
政治家こそ、夢を語って欲しい
参議院の任期は6年
つまり中長期的視点を大切に
今にフォーカスしすぎず
未来をみて・・
お花畑なお話
↓click
不思議に思う・・
参院選前の各党の党首は
TVやメディア 街宣で
「減税」か「給付金」か
物価高対策をその二択で話しているけど
本質的にそれじゃない気がする
その違いで揚げ足取りあってる気もするし
話しを矮小化してる感もある・・・
上場企業は今 マーケットに対して
「従業員のその会社での満足度・充足度」
的なものを調べ提出させているらしい
それが「会社の健全化指標」の一つになってるらしい
でもね・・・
そんな「満足度」なんてものを調べるなら
各企業の利益からのどのくらい
従業員への給与
取引先企業(下請け)からの買い入れ額の
転換率
それを公にネットにも提示・明示させる方がいい
僕が思う今般の景気の悪さの元凶は
各企業の「内部留保」という
「預金」と
新資本主義と言われる
成長と分配・・その分配が
株主という層にしか行き届かず
生活者への可処分所得が
一向に向上しないからって思う
例えるなら
会社=社長が「お父さん」
社員・下請け業者が「子ども」
お父さんはいっぱい稼ぐ
たくさんお金を持っている
そのお金を持って行きつけの
飲み屋に行って「株主」さんて仲間に
奢りまくる
たくさん奢るお父さんは店の人気者
でも家に変えれば 服はツギハギ
いつでも腹すかせてる子どもがたくさん
「父ちゃん腹減ったよ・・」
そう言ってもお父さんは
チヤホヤして なんなら逆に
時にお金を貸してくれたり
奢ってくれる「株主」さんへお金使うのが
優先で子供らは置いてけぼり・・・
そんなんだから1億2千万もいる
世界でも7位くらいの人口を持つこの国の
生活者は苦しんでる
だとしたら減税や給付金なんて
103万の壁だとか
ある意味「テクニック」で
この状況を この状況だけを
何とかしようとするのではなく
根本的に「収入」を増やすことの
議論がどこか薄いって思う
大企業から税金とるというのもイイけど
もっと直接的に「給与を払わせる」
そのために 利益を決算で公開するなら
その利益の何%が給与として従業員に
支払われて 取引先企業にに価格転嫁させてるか
(価格転嫁の悪い企業は確か
経産省から名指しされてる時もある)
要は
「社会の中にその会社がどう存在し
寄与し 幸福の追求たる労働に
どう向き合っているか」
それが高ければ社員のオチベーションも高いだろう
いい人材も集まるだろう
いい取引企業も強い関係になれるだろう
ひいては「株主」がその会社を「買う」
良い指標になるんじゃないのか?
それとね
僕は給与を貰えば
全部 項目別に袋に分けて
見える化にしてる
消費税が社会保障費って言うなら
一般会計に入れず消費税という
「袋」に入れて それで
その袋からちゃんと「社会保障費」に
使われてるか?それをネットで見える化して
おけば 全然問題ないんじゃないのかな?
それに フェラーリーや高級億ションを
買う人達や
外国人投資家のマンションや土地購入には
消費税は40%とか(笑)
ね、車だって車格で税金違うんだから
高級品は税率高く
で、生活必需品は税率低く
凸凹させてしまえば
逆進性の問題も解決するんじゃないのかな?
そう言う事じゃないのかな??
違うの???
公示された選挙戦
非難合戦や揚げ足取り
SNS情報での攪乱・・
なんかさ そういうの一切やめて
政策
だけを訴えるって方・・いないのかな・・
凄く気になってるのが
今の政治の世界や世の情勢・・・
参議院選挙に出る政党の
まだ小規模な勢力の党首の発信が
どこか第一次世界大戦後
多額の賠償金が課され
ドイツ国民の中に蔓延した
行き詰まり感 ハイパーインフレーションからの
経済的不安 そこからの不満が
やがて一人のこの男が起こした
健康のため
何を食べ
何を避け
どうするかなんて
自由
誰もがそれは自由
生産者も昨今の事実は理解している
グルテンフリー
乳糖不耐性
精製された白い砂糖
等々。。
それを生産してる大人たちは
昨今のそう言う流れや言葉も知ってる
それを そういう考えをも受け入れ
理解してそのお仕事に従事してる
でも Youtubeの視聴者は
もう子供たちにも広がっている
生産者の子どもさん達が
youtubeをみて
親が一生懸命向き合い従事してる「仕事」
酪農や畑 命・・
それを「毒」と毒を生産してると
思わせてしまう事・・
子どもの心に あえて言うなら
毒を撒く行為・・
ましてやその提唱者の一人は
政治を志してるという
もしも・・その人たちが
一定の勢力や影響力を持った時
子どもらの世界でも「それ」が広がり
「お前の父ちゃん 毒作ってんだろ!」
「お前の母ちゃん 毒親じゃん」
・・・子供はある意味えげつない・・
いいんだよ
健康を目指すも
GHQがどうたら
戦後がどうたら
俺からすれば・・・な歴史観垂れ流すのも
それは自由 だってこの国は
それが自由な国だから
でもね・・
誰かの心や 誰かの誇りや
子どもの心に影刺すような
思想 思考 言動 発信
誰かの言葉を 誰かの何かを
右から左に繋いでよいか
そこに自分なりの歯止めや思考
思想 想いを持って・・責任ても言おう
それを持たずに発信することは
俺は好きじゃない
って話を先日してきた
俺の仕事は
完璧な毒のパーマ液を頭皮にぶっかけ
髪に塗ったくり
170度の温度で髪をなめし
排水に垂れ流す
そう 俺の仕事はそういう仕事
自分の健康のため
大切な子どもの心を毀損していい
道理はない
少なくとも政治は
その部分が無い者には
俺は託せない
何を食べなくて
何を避けてもいい
でも そこに優しさはあるのか?
人の心を 子供たちの心を
傷つける覚悟はあるのか?
「偽善者!」
僕は最近そう言われた事がある。。。。
ぎぜん。。。。
善が正しいわけでも無い
正義でも無い 徳でも無い
何かの行動は どこかに歪みを生む事もある
例えば震災の時
髪を僕ら理容師美容師が
災害地に赴き無料でボランティアが切ることは
一見善業に見えるけど
そこには 地元の理容師美容師がいても
多くの被災者は 無料のボランティアに
切ってもらいたいってなる
髪なんてご飯じゃないから 毎日切ることはない
一回切れば 下手すれば2カ月、被災地なら
3カ月くらいカットしないこともままある
つまり善業に見えるボランティアカットが
地元の被災した これからハサミを手に
被災から立ちあがろうと言う理容師美容師の
お客さんを奪ってしまう事もある
ボランティアが職を、売上を
被災者の力を削ぐ。。。。
僕はそれを東北でも 西日本豪雨でもみてきた
よく ボランティアを偽善という人がいる
やらない善より やる偽善
そんな言い回しもある
上記のことを
実体験としてきた僕は
善をなしてるとは思った事がない
だから偽善者ではない
でも「疑善者」ではありたい
自分の行動を なしてる事が
なんであるか
自分を疑いながら見つめている
人でありたい
そんな僕を
僕の発信を
ひとり
どんなに予約表が埋まろうとも
ひとり
どんなに引く手あまたになろうとも
ひとり
どんなに大人数の前に立とうとも
ひとり
目の前にいるひとり
ただそのひとりをしっかりみる
ただそれだけ
見た感じを逃さないように心掛けて行けば、
その都度違う表現となって、
いつの間にか一枚の葉っぱが手に入る
そして、一枚の葉っぱが手に入ったら、
宇宙全体が手に入る
勇気がわく 魔法の言葉。
その言葉を聞き 思うたび
思い出すことがある
あれは 修業先で
スタイリストのようなものになって
しばらくした時の夜の事・・
「ケン!今夜空けとけ!」
僕は当時 修業中。
空けとけって言ったのはオーナーであり師匠の
熊沢(以下マスター)。
その言葉を聞いて僕は
「・・・・ついに来た・・・」
そう思った。
当時 僕はなんとな~く
お客さんのカットに入り始めていた
確立したカリキュラムっぽいモノはあったのせよ
僕の修行先は なんとな~くカットに入るような店で
厳密に手取り足取り教えるような店ではなく
見様見真似で刈り上げも覚えたって言っても
過言ではない・・
そんな僕が切れるお客さんは
超常連のおじいちゃんからスタートする。
僕の働いていた店は現オーナー・熊沢で
3代続く店だった。
だから僕が入るお客さんは
筋金入りの3代跨ぎの常連さん。
つまり歴代 熊沢でカッターになるには
そのおじいさんたちの髪を切り
成長していく いわばありがたい
お金をいただける練習台。
で
僕もカットに入る。
すると
徐々に異変が起きる・・・
その筋金入りの練習台をかってでてくださっていた
おじいさんたちが来なくなる・・・
どんどん来なくなる・・
本当に失客の嵐を巻き起こし始めた・・・
やればやるだけ来なくなる
今思えばどんだけだよ!
って変な汗でるけど
とにかく失客は止まらない・・
さすがのクソ生意気なケンちゃんも
焦り 落ち込む・・
そんな夜
「ケン!今夜空けとけ!」
そう来た・・・
「・・・ついに来たか・・・」
怒られるんだろうな・・
カットから外されるんだろうな・・
どうなるんだろう明日から・・
そんな思いで一日の営業が終わり
「ケン!いくぞ!」
僕はマスターの車に乗せられ
とあるスナックへ連れて行かれた。
カウンターに座らされ
マスターも隣に座るかと思いきや
突然 ボックス席の団体客の中に
飛び込んでく。
僕は「??」
マスターは大騒ぎを始め どんちゃん騒ぎし始めた
そのとなりの席 その隣の席
すべての店を巻き込んで大盛り上がり。
マスターはオカマのマネが十八番で
その時もオカマになりきって
その席の男の人の耳を舐めたりして
店中巻き込んでの大騒ぎ。
僕はカウンターで蚊帳の外・・
「なんだよ 怒るんなら早く怒れよ・・
恥ずかしいな・・まったく・・」
そんな風に思っていた。
僕はカウンターのママに
「いつもあぁなんですか?
うるさくてスミマセン・・」
そう聞いたら
「え?お客さんたち初めてですよね?」
僕は「???」
すると マスターがスッと僕の横に座り
「いいか、ケン
お前が逃がした客なんて
俺がいくらでも
こうして取ってきてやる。
だからビビんな!
思いっきりやれ!」
そう 耳元で呟くと
また嬌声の輪の中に戻っていった・・・
僕は泣いた。
書いてる今もこの話 この日の夜思い出すと
泣ける。
とにかく 泣いて泣いて・・・
怒鳴られるより
殴られるより
これは刺さった
こんな話 もう30年以上前の事なのに
今も泣ける。
その日の店での記憶はそこから無いけど
酔いつぶれたマスターを抱えながら
マスターの家は店の3階だったんで
抱えて階段上りながら
マスターは笑いながら
「今日の事みんなに内緒な!内緒な!」
そればっかり繰り返してた
まぁお客さんの女の人と
✖✖してたし(笑)
そして その何日か後・・
本当にあの夜 あの店のお客さんが
3人も来てくれ
マスターはカットの覚束ない僕に
「ケン いけ!」
って僕に切らせた。
あのお客さん リピートしたっけ・・?
忘れちゃったな~💦
僕は マスターの店でなければ
今の僕ではなかったし
この仕事辞めていたと思う。
あの人でなければ
マスターでなければ僕の今の人生は
無かったと思う。
あの時・・・
経営者の判断として
僕を降格させたり
お客さんに入れるのを考えたりするのも
当然あったと思う。
でも
マスターは思えばいつも
「とりあえずやれ!
やってから考えろ!
とにかく引くな!
前に出ろ!
引いた奴には次はないんだ!
次が欲しけりゃ出来なくても
出来るって顔していけ!」
そう言っていた。
その「次が欲しけりゃ」の奇跡・・・
昨日そして今日・・
2025年の今現在
本当に偶然 本当に奇跡のように
僕が修行していた熊沢のお客さんが
僕のyoutubeを見て
僕が熊沢の弟子なんて知らずに
orbに来ていただけた
もうビックリ!!
思い出話に花咲いて
とにかく「俺は熊沢の『息子』」って
改めて思え嬉しかった
熊沢は「思いっきりいけ」なんて
カッコイイこと言いながら
熊沢はド下手くそで(笑)
その尻拭いをいつもさせられてて
僕のコテパーマやあまのじゃく式は
熊沢のテキトーなカットを
なんとかまとめるために生まれた技法なんです
マジです!
もう熊沢は死んじゃったけど
最後に会った時
「ケン 手をかせ」
って言ってベットから起き上がる時
えぇカッコしいの ダンディーな熊沢が
絶対しないことしてね
俺の手を握り起き上がったあのことは
忘れられない・・
「いいかケン
お前はいっつもカッコつけて
偉そうで こざかしい
そこを越えて『馬鹿になれ』
そうすりゃお前はひとかどの人間になれる
いいか馬鹿になれ お前は馬鹿になれ」
最後の最後までそう言ってくれてた
あの当時の僕を知るゲストと今日
「あの頃の俺は ホント
ツンケンして お客さんに
平気で喧嘩売って
先輩にも常に喧嘩売って
誰も寄せ付けない
笑わない 頭下げない
ある意味どうしょうもなかったよね
でも やっとすこし熊沢の遺訓みたいなのの
意味が いろんな人のおかげで
理解出来てきた気がします
死んだとき あちらの世界で熊沢をさがして
『俺、馬鹿になれた?』
そう聞く日を俺楽しみにしてるんです」
熊沢が死んで来月で15年
まさかこんな奇跡が
こんな熊沢との絆が
あの人にかけてもらった
無償の愛
その大きさに改めて
言葉失う
あっちなみに
昨日のゲストは
髪を短くして「どんぐり」みたいになったのが
トラウマ的で 今も怖いって
その「どんぐり頭」にしたのは
熊沢
です( ´艸`)
マジ下手だったのよ(笑)
さて・・・
マスター
相変わらず俺はアンタの尻拭いしてるぜ
それが嬉しいよ!
あなたの「息子」で幸せです
残すもの・・・
僕の先月まで住んでいた家は
都市計画道路の整備の関係で
取り壊されました
取り壊しの日 朝
現場にあいさつに行った時
すでに僕が植えて育てた木々や
家の一部は壊されはじめていました
その光景をみたとき
頭に流れてきたのは
「残すもの」という
友人のシンガーソングライター
annの歌声
鳥が空を自由に飛ぶ
大きな鷲が羽ばたかずとも空を舞う
自由に軽やかに大空を飛ぶ様を人は見て
憧れる。。。。。
でも
空を自由に舞うには
空気抵抗
があるから
その空気抵抗が揚力に変わるから
空を飛べる 自由に舞える
気圧が薄い高度では
空気の密度の圧力が薄く
空気抵抗がなく飛べなくなる・・
なら。。。。
今 いろんな抵抗感や
思い通りに行かない圧力は
見方を変えたら味方になる
その抵抗感や状況
圧力があるなら
きっと空も飛べるはず
気が付けば
人は自分の感情を
誰かの感情によって
揺さぶられ 時に支配されさえし
気が付かないうちに
自分の感情に基準が「誰か」になり
その感情は浮き沈みをしてしまう・・・
社会に生きて
人と関わるなか
ある意味仕方がないし
SNSの世界が普通に心の中にさえ
存在してしまう時代だから
余計にそうなりやすいけど
今 感じてる自分の「感情」
それは「誰」の感情なのか
時々自問自答することが大切
自分の感情のつもりが
気づいたら「誰か」の感情をベースに
して しすぎて しまってらも知れない
自分だけの感情で生きることは
時に正しくもないけれど
確実に間違ってるのは
自分の感情を誰かに支配され
誰かに揺さぶられ過ぎること
誰かの感情をちゃんと
誰かの感情と認識し受け止めること
それって大切だよね
え?
なんの話??
(≧▽≦)
昨日で仕事納めのorb hair museum
おかげさまで いまだ毎年
ピークを更新し続けさせていただけてる
営業状況に心から感謝申し上げます
また、年末にご新規の方々
何人もの方、ヘアドネーションも含め
お受けできなくて申し訳ございませんでした
さて、いよいよ このただでさえ
いつも動き回る僕の人生でも
「超スーパーウルトラマーベラスハード」な
2024年のラストの締め日は
こうやって過ごします!!!
砂の海に夕日が沈む
赤く染まった静寂の時間が
私は好きだった
でも彼はきっかりと言った
「先生はこの夕日好きっていうけど
俺は嫌い。明日この夕日が見れるか
わからないんだもん」
この紛争が果てることなく続くこの国で
明日を夢見るなんて100年先の
未来を思うよりも遠い事だった
「ねぇ先生 去年のさ12月に話してくれた
クリスマスっての あれホント?」
「本当って?」
「朝起きたらさ 欲しがってた
プレゼントくれるお爺さんの話」
「あぁ・・そうな・・」
私は口澱んだ
私たち国境なき医師団は
アフリカのエチオピア難民キャンプで
医療支援活動して私のチームは
もう2年が過ぎてる
彼がこのキャンプに来たのは
去年の12月の終わり
年が変わる直前、弟を連れて
栄養失調とマラリアに侵されながらも
徒歩で生まれた町を出て辿り着いた
利発な彼とあまり似ていない顔立ちの弟
彼が去年のクリスマス会でのことを
誰かに聞いたのだろう
きっと聞いたときは胸躍り
なんであと1週間早くここに
辿り着けなかったんだろうと
悔しかったのだろう
でも・・・そんなそれこそ
夢のような話、半信半疑・・いや・・
信じたいと思いつつも
彼が生きた14年の時間の中
「明日」を保証された「今日」
なんて一日たりともないくらい
過酷な夜を過ごし あきらめのような朝を
繰り返していたと
夕日が嫌い
その言葉で私に突き刺してきた彼には
どうしてもその日が近づくほどに
期待と不安ない交ぜな気持ちで
ついに聞いてきたのだろう
私は思う・・
子どもが「明日」を夢見ることが出来ない
そんな国
そんな政治
そんな時代・・
作ったのは私たち大人だ
すべての罪は「大人」にある
だとしたら
クリスマスってなんだ?
なんの為にあるのだ?
イエスの誕生日なんて実は
聖書にも書いてない
勝手にのちの聖職者たちが決めただけ
でも なぜあるんだ?
何のために?
私は思った
「明日」を待ち遠しく想い
ワクワクし 神聖な気持ちで
子どもが怖がる暗い夜を越えて
明日を夢見る 明日自分の元に
起こる素敵な奇跡を信じて
明日を夢見る事の素晴らしさを
大人も子供もみんなが
気づかないうちに「平和」
それを噛み締める日なんじゃないのか?
神が幸福や平穏を与え給うのではない
私たちが 大切な人・・
家族 子ども 恋人 想い届かずとも思いあう人へ
神ではない「私たち」が交し合う
明日を夢見よう
それがクリスマスなんじゃないのか?
この赤い大地 異国の異教の国でもいい
そんなのはどうでもいい
ただただ「明日」を夢見よう
このクソッタレナ世界の中でこそ
12月なんて突入しちゃえば
一気に駆け抜けてく まさに師走
いろんなことがあった1年
そんな1年の中、苛まれるような
感情に襲われるような思いに
悄然と立ち尽くすような瞬間もあるけど
今朝 脳内に響いた
家やお店
いわゆる「物件探し」は
究極あくまでもコントロールできるのは
「物件」のみ
その周辺を調べたり何かは出来るけど
コントロールだけはそうは出来ない
「ケンさんは、ホントいつも楽しそうですね!」
「ケンさんは、人の人生の3倍くらい生きてますね!」
このブログやSNS発信を観て
こういう風によく言われます
が・・・・
綺麗事って僕の言う事は言われます
時に「否定的に」ね。
でも
汚ねぇよりイイじゃねぇか!!
僕はそう常に思います
ブルーハーツの甲本ヒロトが
友達に
「まぁ~た綺麗ごとの歌作って
ガキども騙して~」
って冗談で言われたそうです
ヒロトは
「イイじゃん 俺だってガキの頃から
いまだ騙され続けてんだから」
アルフィーの高見沢曰く
売れない頃ディレクターに
「お前らお人好しなんだよ
だから売れね~んだ!!」
そう言われて
「悪いより いい方がいいじゃね~か!」
そう思ったそうです
綺麗事って「願い」「希望」だよね
未来や明日への想いだよね
偽善者上等!
夢見がちなオッサン上等!
(≧▽≦)
綺麗事は時に人を苦しめる
追い込んでもしまう
理想なんて言葉 苦痛への
呪文でしあない時がある
多くの人が自分の存在に
自信なく 認められずいるけど
でも そんなもんだ
俺もアンタもみんなも
クズ野郎のクソ野郎
セコイ最低のスケベ野郎だ
人より幸せでいたくて
人より金欲しくて
人よりチヤホヤされて
カッコいい 可愛いを欲しがってる
いい店で、旨い酒 上手い飯
いいスーツ 綺麗なドレスで飾っても
腹の中にはクソも溜まってる
便秘がちなら 相当クソだ
自分の良いとこ肯定しようとすれば
腹の中のクソがモゾモゾする
自分には 自分の中には
汚い感情も 汚物も 妬み嫉み
恨みつらみ 比較 マウント・・
汚い自分がいることを先ず認めよう
自分は綺麗ごとの偽善者で
所詮そんなもんだって
そうすると 俺もアンタも
そんなもんだ
だからそれを認めて
綺麗事を言いまくればいい
言ってれば 結構現実になるもんさ
(≧▽≦)
