発災から1週間・・前なんてみるな

 

 

 

状況によっては、避難所によっては

 

少しだけ ほんの少しだけ

 

心のどこかが落ち着いて

 

でもだからこそ「不安」がもたげてきて

 

怖さが体を覆い 涙がやっと出るようになった・・

 

そんな時期かとも思います。

 

 

新成人もね 成人式どころじゃないし・・

 

 

こういう「節目」にこそ

 

「置いて行かれる感」「欠落感」を

 

余儀なくされることでしょう・・・

 

 

 

いろんなボランティアや自衛隊

 

様々な人が「前を向いて進みましょう」って

 

きっと言ってくる時がもうすぐ来るでしょう。

 

 

そんな時 思い出してください

 

 

「前?

 そんなもん

 どっちが前だか

 わかんね~よ!!」

 

 

 

毒吐いて良いんです。

 

 

これは、12年前 東日本大震災で被災した方が

 

「ボランティアの人とかが『前向いていきましょ』

 なんていうけど、そん時は『はい、ありがとう』

 なんていうけど、本心は 

 『前?そんなもんどっちが前だか

  わかんね~よ!!!』

 心の中で毒吐いてた」

 

 

 

 

前をみて 見たとして

 

そこに広がるのは

 

どうしていいか分からない「不安」の未来です。

 

時には「絶望」に打ちひしがれます・・・

 

 

 

 

そんな方に、僕はこうも言われました。

 

 

僕は東日本大震災発災後1か月目には

 

石巻市に行き そこから隔週状態で

 

何度も何度も何度も通い12年目が過ぎようとしてます

 

僕はボランティアなんてしたことないし

 

やり方なんてわからなくて 手探りで始めました

 

だから「役に立たない最弱の連中」とまで

 

 

 

でも

 

数年後のある日

 

「ケンちゃんがさ、最初の時 来るたび、来るたび

 次はこれやる!次はあれやる!

 できもしない風呂敷広げてさ

 ホントなんも出来ない癖に言うだけ言うから

 みんなで『じゃぁケンちゃんが次来るまで

 ココ直しとこ』『冷蔵庫用意しとこ』

 『あれ用意しといてやるっちゃ』・・・

 みんなが先をみたら『絶望』しかなかった時

 アンタが あぁだこうだ言うから

 先みてる暇さなぐて 来週までにとか

 再来週までにとかさ 先をみないで済んだのさ

 で、気が付いたら1年過ぎてて・・

 絶望しないで済んだっちゃ」

 

 

どうか 前なんて見ないで

 

どうか 先をみないで

 

どうか 今日をただ今を生きてください

 

それさえ過酷な事です

 

どんなに手を握り締めようが

 

温かな炊き出しをボランティアが用意してくれて

 

その人たちが「一緒に頑張りましょう」なんて言うでしょう・・

 

 

 

そんな奴らの「一緒に」に心で唾吐いて良いんです

 

何が一緒だ!一緒な訳ね~だろ!!って

 

 

僕はこんな経験を初めて行った石巻の帰りにしました

 

それは「食事を選ぶ」と言う事

 

 

佐野藤岡だかどっかの高速のサービスエリアで

 

あの当時全国的に全ての流通が止まり

 

品薄状態で メニューも確か3品しかなくて

 

でも「3品」から選べる 選んでる自分に

 

衝撃を受けたんです。

 

 

さっきまで・・3時間チョイ前にあっていた

 

被災者の方は「ご飯」なんて選べず

 

おにぎりが配給されるだけでした

 

 

その時

 

「あ・・・俺・・絶対『理解できない』

 『分かち合えない』んだ・・」

 

って思ったんです

 

 

家も失わず 冷たい床にも寝ず

 

寒さも 飢えも 渇きも

 

トイレの汚さもしらない

 

家族も故郷もいつに変わらない僕が

 

どうして、あの地の人の気もちが

 

わかろうか?って

 

 

だから・・

 

もちろん本当の気持ちでボランティアの人は

 

皆さんに接してくれるでしょう

 

でも「けっ!!!!!!」って思う気持ち

 

持つのは悪くないんです。

 

 

どうか

 

外からの「被災者の方を定義づける」

 

身勝手な視線や圧力に唾吐いてください

 

 

イイんです

 

感謝する時は感謝していただいて

 

でも

 

違う時は違う!って怒っていいんです。

 

イイ人にならないで良いんです。

 

 

 

どうか、どうか

 

前なんて今は見ないでください

 

イイ人に押し込まれないでください