1・17

 

 

TVや新聞などで

 

インタビューを受けても

 

正直な話はあまりしてこなかった

 

 

「小俣さんはボランティア活動

どうして始めたんですか?」

 

 

たいそうな理由があるわけじゃないけど

 

その質問になんとなく

 

答えられなかった

 

 

ふざけて

 

「ノリではじめて

続けてるのはやめ時

見失ってるだけです」

 

そう答えてた

 

 

 

でも

 

西日本豪雨災害の

 

ボランティアに行く時

 

はじめて新幹線から

 

「神戸」

 

を見たときの感情・・

 

 

あれは忘れられない・・

 

 

 

31年前僕は

 

あの災害を前に動けなかった

 

行きたい!って思いはあったけど

 

正直怖くて動けなかった

 

「仕事もあるし、店長だし

休めないモン・・」

 

そういう言い訳をずっと

 

脳内ヘビロテさせて

 

嘘ついていた・・

 

 

 

だから東日本大震災をうけて

 

その後の多くの災害に

 

動いたのは 動いてるのは

 

あの「嘘」へのリベンジ

 

 

 

だからいつも言う

 

「人助けじゃない

俺は俺のためにやってるんだ」

 

この意味は嘘じゃない

 

 

 

 

今年正月2日

 

 

僕は淡路島に行った

 

その道中

 

「ケンさん この辺ですよ

高速倒れてたとこ」

 

 

 

 

 

 

 

運転してくれてたポンちゃんが

 

教えてくれた

 

 

「そうなんだね

俺あの景色をTVでみて

日本じゃないどこか

南米とか・・

とにかく日本ではあんなこと

ならないって思ってて

愕然としたんだよね」

 

 

そう・・ホントこの写真の場所で

 

教えてくれたんだよね

 

 

 

そしてやがて神戸港の近くへ・・

 

ポートタワーが見えてきた

 

ここもやられたんだよな・・

 

 

 

 

 

 

 

その只中の景色の中に

 

 

僕は行くことが出来た

 

 

 

僕には今も「只中」

 

 

確かに高速道路も神戸港も

 

見える街並も

 

言われなければ

 

知らなければ

 

普通の風景

 

31年前の揺れも 火災も

 

叫びも 絶望も

 

なにもかもが見えない

 

 

けど

 

やっぱり31年前

 

動けなかった

 

動かなかった僕は

 

僕の中にいて

 

今も僕を動かしている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

31年前の今夜

 

神戸には「満月」が昇った

 

 

被災者が震災から1か月後

 

夜空に再び昇った

 

「満月が怖い・・」

 

 

その言葉からインスパイアされ

 

生まれたという歌

 

 

各災害地で歌い継がれてる歌を

 

今年もつないで