永遠の遠投~命を輝かせるために~

 

東日本大震災から8年目の今年

 

最近はボランティアではなく友人の街に

 

遊びに行く感覚で 飲み歩いてばかりだった

 

僕が

 

再び

 

「震災に向き合う」

 

その想いで宮城県石巻市に通い始めています。

 

 

 

千葉も岡山も熊本も北海道も

 

九州も・・

 

災害はそこかしこで起きて

 

もはや他人事ではない。

 

 

 

今回も訪れた

 

児童・教職員84名が亡くなった

 

大川小学校

 

 

 

 

そこでは「大川伝承の会」という

 

ご遺族の方 大川小学校卒業生

 

有志が作る

 

「あの日」何があり

 

「あの日から」どうなり

 

「ここから」どうしていくのか?

 

その問いかけをし続ける語り部活動に

 

参加してきました。

 

 

 

 

雨にもかかわらず多くの方がいらしてて

 

話を熱心に聞き入ります・・

 

 

ご遺族の佐藤さんは言います

 

「どうか様々な災害のニュースや

 この場所で その災害のその時その瞬間に

 自分の大切な人をそこに置いてみてください

 その時それは他人事ではないのです」

 

僕も毎回のように書く

 

「他人事ではない」

 

それって想像を超えての想像力が

 

求められるコト

 

言うは易しで 本当に難しい事

 

わかった気にはなれるけど

 

分かることは永遠にない・・

 

分かち合えない悲しみ

 

拭えない苦しみ

 

それを認める時 認めた時

 

想像の扉にやっと手がかかるくらいのコト

 

 

 

だから僕は大川に通い続けて

 

考え続けて発信し続けてる

 

命を無駄にしたくはないし

 

まだまだこれから輝くはずの命が

 

途切れはしたけど でもまだ

 

輝かせることは出来る

 

僕らが叫び続ける事

 

そしてその結果 誰かの命が

 

災害から助かり繋がることで。。

 

 

 

印象に残った・・

 

 

 

 

娘さんの麻衣ちゃんを亡くした

 

鈴木さんが

 

麻衣ちゃんを土の中から見つけ出した時の

 

話をしてくれた。

 

 

 

 

その話を横で聞く 佐藤さん

 

 

 

 

その手に持ってた説明用の写真を

 

握る手がグッて強く握られた

 

 

そして奥歯を噛みしめた

 

 

 

いつも冗談を言い

 

歌も好きで陽気な佐藤さん

 

 

伝えなきゃ・・

 

繋がなきゃ・・

 

大川小の裁判や様々な問題を提議する

 

事よりも 今はこの災害から

 

学び 考え 発信し

 

未来へ繋ぎ拓くため

 

 

本当は思い出すだけでも

 

お二人も口にしてたけど

 

「地獄」

 

の光景

 

我が子を土の中から見つけ

 

抱きしめ

 

家に連れて帰ろうにも

 

警察やさまざまな関係の事情から

 

橋の上に敷いたブルーシートの上に寝かせ

 

家に連れて帰れない無念の上の無情・・

 

見知った子供らの遺体がずらり並ぶ光景・・

 

それを地獄と言わずなんていう?

 

 

 

話すのは何度話しても辛く

 

奥歯噛みしめることだろう。。

 

それでも伝えなくては

 

考えてもらわなきゃ

 

発信しなきゃ。。

 

その突き動かされる想いに触れるたび

 

俺は何を出来るのだろうか?

 

そう思って 衝動的に行動ししまい

 

岡山へも行き 様々な発信をしてる。

 

 

 

 

ご遺族が投げる想いというボール

 

全力で投げるそのボールは

 

残念ながら永遠に飛び続ける事はない

 

どこかに落下する。

 

でもそのボールを僕が拾い

 

全力でまた投げる。

 

そのボールもどこかにポトリと落ちる・・

 

でも・・

 

こういうブログを書き続け 叫び続ければ

 

投げ続ければ 誰かが拾いまた投げてくれる

 

その連鎖がこのボールに

 

永遠の空を飛ぶチカラを与えてくれて

 

拾い 投げてくれた誰かの心に何かを

 

灯す。

 

 

それは同情や哀憐ではない

 

繋いでくんだ 自分を家族を

 

誰かを守れるんだ

 

出来ることなんて多くなくていい

 

たった一つの大切なもの

 

究極は「命」を守るんだ。

 

 

 

そのボールは僕の手にもある

 

僕は投げ続ける

 

非力だろうが投げ続ける。