宮城県石巻市大川小学校裁判 判決を受けて 部外者なりに関わってきて思うこと

 

東日本大震災の翌々年だったかな?

 

僕は児童教職員84名が亡くなられた

 

大川小学校に行くようになった。

 

 

遺族会の 小さな命の意味を考える会 ☚ぜひクリック

 

の佐藤代表や

 

今回の裁判の原告のお一人 只野さんにも

 

お会いして お話を伺ったり

 

裁判の傍聴も去年行きました。

 

以下 その時のブログです。

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8月3日 僕は仙台地裁に

大川小学校裁判の傍聴に行ってきました。

裁判自体は 遺族の只野さんの意見陳述だけで閉廷。

その意見陳述は フェイスブック等で只野さんのお書きになる記事で

前々から断片は読んでいたんだけど

やはり「生の声」で聴くと 伝わる「それ」は

また別の意味を感じざるを得なかった。

只野さんの陳述に関してはこちらを・・
https://www.facebook.com/hideaki.tadano.3/posts/570840176387717

その後 弁護士会館に移動しての記者会見があるという事なので

僕もひょこひょこ付いていきました。

記者さんたちが座る中 僕も座らせてもらい

記者会見が始まり

今日の裁判の補足説明や今後の事のスケジュールなど

弁護士の先生から伝えられ それに対して記者さん達との

質疑応答が始まった。。。

記者さんたちは 事実の確認やスケジュールの確認などを質問してたな。

NHKの女性記者の方は ご遺族とも疎通が図れているのか「心情」を主に

聴いていた。


件の僕は・・

聞きたいことがあった・・

聞いていいのかな?ここで?

俺 記者じゃないし・・

TVカメラもいるし・・

どうしよう??

う~ん・・・


聞いちゃえ!!

手を上げちゃった(汗)


あっ 差された!!

・・・・肩書がない・・・ほら、よく NHKの〇〇です。って名乗ってから

質問するでしょ?

俺・・ない・・(汗)

「・・・・(いいや!いきなり本題だ!!)

え~と・・ご遺族の方々が様々な証言や証拠

裏を取って固めているのに 何を論拠や証拠に

行政や市教委などは 反対意見や反論を

展開しているんでしょうか?

それを支える証言や証拠は提出や調査はしているんでしょうか?」


ここって一番の肝な気がするの・・

だって議論戦わせるには お互いの意見の

裏打ちがどこから出ているか・・そこさえ

はっきりすれば真実は揺らぎようがなく浮き上がるはずだから・・


弁護士先生の答え

「そこが一番重要で 第一回公判でも

私たちはそこを追及したんですが 結局のところ
 
そういうことはしていない。

ただ状況として、大川地区の街の人たちがたくさん死んだ、

だから学校で子供たちが死んだのも仕方がない。

それなのに、なんで学校だけが管理責任を問われなく

ちゃならないんだ・・そういう論旨です。」


・・・・・開き直り?居直り?


想像してたけど 本気か??って・・

バカじゃないの??

決定的に違う事がある!

地区の方と 子供たちと。


地区の大人たちは 

地震に際し 津波の情報に際し

逃げる事も またどこに逃げる事も 

大丈夫だと高を括ることも

留まる自由もあった上での

被災・被害で

子供たちは 逃げよう!逃げたい!

また唯一の生き残りのA教諭の

「逃げよう!」の意見を受け入れず 

山に逃げた子供も連れ戻され

「強制的に」校庭に留めさせられて

死んでしまった。

ここは大いに違うでしょ?



ここ 意外と曖昧になっていて

ご遺族が言う「学校管理下での事故」


これは 「学校に責任がある」って言う意味だけでなく

「あの日 あの時 

学校に管理され、強制され 

その場にいることを

多数の意見に反して 

強要され そして被災した」

って意味
なの。


何がなんでも「学校管理下=全責任」て意味で 

言葉が独り歩きしている感じなんだな


だから 同じ石巻の人たちも ぶっちゃけ「イマイチ共感しきれていない」のは

この言葉の 本当の意味が伝わり切っていないからなんだよ。


その証拠に 裁判や記者会見の後に 女川に行き 石巻に行き

この話を何人かにしたら 

「あぁ~なるほどな・・そうかぁ~確かにな・・」って理解してくれた人がほとんどだった。

だってそうでしょ?子供には自由がなかった。

逃げようと言っても そこに居なさい!と指示されていた。

仕方がないにせよ 先生の管理下にいた。

その大人たちの管理下で死んでしまった事故・事件なんだ。



とかく当事者は 前後関係が理解して見えているから その反面

見えにくくなっているところって何に対してもあるじゃない?

今回それが感じられたのは大きかった気がする。

俺は被災してもないし 関係者でもないんだけど

だからこそ感じれることがある気がする。

間違うことも多々あるけど・・

でも・・

大川小学校の悲劇の根幹にあり 無理解や無関心へのキッカケの

「学校管理下」と言う言葉の意味。

ここは僕なりの解釈かもしれないけど

伝えていきたいと思う。


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今日でた判決は 原告側勝訴になったけど

 

本当の意味で 僕が感じる

 

ご遺族の真意はこれからがスタートだし

 

これが 目的じゃない。

 

 

ご遺族は

 

この事故・事件に 正面から向き合ってほしい

 

ただそれが目的。

 

あの場でお亡くなりになった先生を責めてるわけじゃない

 

信じてると思うの

 

「あの場所」にいた先生方は

 

結果はこうなったけど

 

一生懸命 子供たちのことを考えてくれていたはずと。

 

 

 

判決には触れられていない部分がある。

 

いつか書いたけど

 

当時の「校長」のこと。

 

*校長は当日休みで学校に不在で被災していない

 

 

山に逃げる判断をしかかっていた

 

お亡くなりになった教頭先生が

 

ある点から 主張を変えて 校庭待機になった。

 

 

唯一生き延びたA教諭

 

彼の最初の証言が 変えられた時

 

連絡を取っていたのは

 

当時の校長。

 

 

本当の真相は 当時の校長と

 

生き残ったA教諭のみが知る・・

 

 

そこに触れずに 何の解決か?

 

どんな判断が出ようとも 解決はない。

 

 

唯一解決らしきものを得れるのは

 

「向き合うこと」

 

それしかないと思うの。

 

 

 

東京オリンピックで盛んに言われる

 

レガシー = 遺産

 

 

この大川小学校が 怒りや悲しみや悔悟の

 

レガシーではなく

 

子どもたちがいた証の場

 

同じことが起きないための場の

 

レガシーになることを切に願う。

 

 

年内、またお参りに行けるかな・・・

 

 

大川の「子供たち」を僕は感じながら生きている